広瀬川のサクラを下流から見て回りました。スタートは朝日町の国道50号の榛東橋、川沿いを上流に向かうと立派な桜並木です。

 
この朝日町の桜並木が、広瀬川沿いでは目下一番美しい桜並木です。ソメイヨシノは寿命の長くない桜の木、この並木は今が盛りの樹齢です。

 


朝日町の並木の上には須賀乃園があります。私が子どものころ、広瀬川の下流で花見のメッカは須賀乃園でした。ボートの浮かぶ池もあって大勢の皆さんが訪れていました。現在は老木が数本残るだけ、過日の面影はありません。それでも…

 
老木から川面に枝垂れた枝には花が咲き始めていました。須賀乃園では、職人さんが藤棚の手入れをしていました。藤の木はきちんと手入れされて今も元気です。

 

 
子ども公園まで来ました。公園の下流の並木道の若木のサクラはまだ咲いていませんでした。交通公園のゴーカートコースのソメイヨシノはちらほらです。ここには、「ギョイコウ(御衣黄)」という緑色の花の桜、「黄桜」と呼ばれる「鬱金(ウコン)」という黄色い花の桜もいますよ。開花は4月になってからですけど。


公園の中を流れる佐久間川の岸には江戸ヒガンザクラが2本暮らしています。もう老木なので樹形は崩れていますし、幹や枝も傷」ついていますけど…


ソメイヨシノより一足早く、少し濃い目のピンクの花をたくさん咲かせています。ソメイヨシノの母方にあたる桜だと聞いています。

 


こども公園から前橋中央駅までの広瀬川にはほとんど桜はありません。久留間橋の上流にくると若木が植えられています。古い木は展望橋の袂に2本、間もなくおしまいを迎えそうです。


交水堰に枝垂れる桜です。諏訪橋から久留間橋の間の川岸の桜もすっかり年老って、若木を植えこんで更新が行われています。堰に枝垂れるサクラも必死に咲いているみたい…


  見わたせば柳桜をこきまぜて 都ぞ春の錦なりける

古今和歌集に収録されている素性法師(そせいほうし)の歌です。「扱き混ぜる」という言葉を覚えさせてくれた歌です。間もなく広瀬川は「柳桜を扱きまぜた」眺めになります。

 


「昔はね、比刀根橋と厩橋の間がお花見の中心だったの。厩橋寄りに低い土手があってそこの桜がきれいだったの、勢多会館前の広場の仮設舞台で芸者衆が踊ってたのよ…」、二代目吉駒の昔話です。勢多会館があったのは、今グランヴィル前橋があるところです。今は老木が1本…

 


雷神橋の南の神明宮の桜もすっかり老いました。本数も減りました。昔は桜色の杜になっていたんです。でも、老いたれといえど…

 
ちゃんと花を咲かせています。池では亀が甲羅干しをしていました。外来種のミミアカガメですけど…

 


神明宮から岩神町の観民稲荷へ行きました。ここの参道も桜並木だったんです。今は老木が残るだけと思ったら…

 
老木の脇に若木が植えられていました。ソメイヨシノでないですね、エドヒガンかな、はっきりしませんが元気よく咲いていてくれました。

 


それから前橋公園へ、柳原の放水路を覆うように枝を伸ばしていたソメイヨシノもすっかり老いて、目下、更新の真っ最中です。何年か先には過日の姿が蘇るはずです。


放水路沿いの桜の間に、幅20センチメートルほどの小さな石の記念碑があります。「記念植樹 桜 50本 昭和35年4月 創業50周年記念 小野里工業株式会社」と刻まれています。ソメイヨシノの寿命は50年ほど、小野里工業の皆さんが植樹したソメイヨシノがおしまいを迎えているんです。

 


幸の池の東の土塁の上の桜も開花していました。でも、このソメイヨシノも老いています。広瀬川沿いの桜の多くは私が子どものころに植えられたものです。私と一緒に、みんな年老いました。


芝生広場にはキッチンカーが並んで、草地の上はレストランになってました。前橋公園の花見の案内はこちらをご覧ください。前橋のソメイヨシノが満開になるのは来週末ぐらいになりそうですね。

 


あちこちの桜を見ながら、ついでに岩神町の養田鮮魚店に寄ったら初ガツオが入荷してました。腹身をもらってきて、わが家で炙りました。


夕食のおかず、主菜はカツオのたたき土佐づくりです。下に新タマネギとキュウリの薄切りを敷いて、そのうえに炙ったカツオの刺身を、そしてニンニクのスライスとおろし生姜、小口に刻んだ青ネギ散らして、土佐酢をかけ回していただきました。おいしいですね。

 
副菜は甘えびのサラダ仕立て、セロリ、新タマネギ、トマトがお供です。そしてブロッコリーとベーコンの醤油炒めです。


ユキ子さんと母さんの分です。汁は、カキナとシメジでした。「目に青葉山ホトトギス初鰹」(山口素堂)ではなく、「老木に桜咲きけり初鰹」(ヒゲじいさん)となりました。

予定のない日曜日が来ました。

 

 ヒゲじいさんの連れ合いの三代目若柳吉駒でございます。
1937年(昭和12年)に祖母の初代吉駒が創設し、伯母の二代目吉駒から私に引き継がれた美登利会を主宰しております。昨年の4月には第81回の舞踊公演を行うことができました。今年も4月5日に昌賢学園前橋ホールで第82回を開催いたします。7回目となりますリサイタルには、新内節の富士松小照さんとお囃子の堅田喜三久さんにご出演願い、新内『廓七草』と新内『広重八景』を踊ります。こうして回を重ねることができますのも支えてくださる皆様のおかげと、ただただ有り難く感謝申し上げるばかりです。

《最近の美登利会と吉駒リサイタルの舞台をご覧になりたい方は…》
第81回美登利会と第6回三代目吉駒リサイタルはこちらをご覧ください
第80回美登利会と第5回三代目吉駒リサイタルはこちらをご覧ください
第79回美登利会と第4回三代目吉駒リサイタルはこちらでご覧ください
お稽古場は前橋市城東町、三代目吉駒をご紹介しますのでこちらをご覧ください。