
朝からたまげるほどの暖かさ、それで、こないだの日曜の義父さんの三回忌、雪で墓参を遠慮したので、あらためて、義母さんと一緒に墓参りに行くことにしました。まずは中央駅近くの『花こう』へ、お花を求めに行きました。

『花こう』の店内は葬儀用の生花でいっぱいになってました。「大変ですね…」「夜なべ仕事になっちゃって…」と疲れ切った顔のおかみさん、でも墓参用の花を二組こしらえてくれました。

ユキ子さんの車で赤城山麓台地上の嶺霊園へ向かいました。山麓台地への登り口、健康科学大学脇から見えた赤城山は「春霞」に包まれてぼやけていました。私は綿シャツにジャケットという春のいでたち。

晴れ渡った空、緩やかな南東の風、2月の天気ではないです。1週間前には一面の雪だった霊園も春のようでした。義母さんにもゆっくりと墓参りしてもらえました。

嶺霊園から少し下った富士見町小暮にある『三よし庵』で昼食にしました。ユキ子さんと母さんは「鍋焼きうどん」、揚げ餅、たまご、豚肉、キノコ、油揚げなんかが入っていてトッピングは水菜です。おいしそう。私は「野菜天付き翡翠そば」、『翡翠そば』ってどんなのかはホームページをご覧ください。

そばはおいしいです。どれほどおいしいかは、前橋新聞mebukuの記事をご覧ください。私が説明するよかよく分かります。気になったのは、ポップやなんかに猫のイラストが入っていることでした。

そして、壁にはたくさんの猫写真、お客さんがスマホにストックしている愛猫の写真を複写して掲示しているとのこと…。それに、置いてある本も凄いです。『熊谷守一画集』とか、町田尚子作画の『名前のない猫』とか、おぷうのきょうだいの『俺 つしま』とか、立派な猫本があるのです。

ユキ子さんは早速スマホの写真をおかみさんに提示して掲出をお願い、ついでにしばしの猫談義と相成りました。大丈夫ですよ、店には生きている猫は一匹もいませんのでご安心を。それと、愛犬の写真の掲出もお願いできるみたいです。

というランチタイムのあとは、亀泉霊園の私の両親の墓所へ、母の命日が2月18日、ユキ子さんの父さんと同じ日なんです。少し早いのですが、ちょいとたて込んじまっているものですから、早めにお参りさせてもらいました。

母が逝ったのは2000年の2月18日、もう26年経ちました。亡くなる前の母に食べてもらっていた夕食は、小さなロールキャベツ、ホウレンソウの胡麻和え、ご飯の代わりにてまり寿司(マグロ、タイ、イクラ各2個)だったと記憶しています。ひたすらわがままな母でした。

家に帰って休んでいるとCOCOが膝に乗ってきました。何か言うのかと思ったら、ただ黙って静かにしていました。

メジロは来てないかなって探したのですが、スズメとヒヨドリとムクドリしか見えませんでした。

夕食のおかずです。主菜は鶏肉の生姜焼き、副菜は、ホタルイカかとニラのニンニク炒め、菜の花のサラダ、それと干し柿の膾でした。ユキ子さんはいつもの通り母さんちへ運んで、一緒に食べました。

生姜焼きは鶏の胸肉を薄くそぎ切りにしました。付け合わせは芽キャベツ、菜花の茎、それとタマネギのソテーです。ホタルイカはニラと一緒にニンニクで炒めて、醤油で味付けしました。こうするとご飯のおかずになります。

酢の物はキュウリと干し柿の膾です。甘くておいしいです。「冬の残り味ね…」とユキ子さんが言ってました。サラダは菜花、ブロッコリー、緑と黄色のミニトマトをマヨネーズベースのソースで和えて、赤大根の甘酢漬けを添えました。汁は菜花の葉っぱの卵とじ、野菜いっぱいの夕食でした。
今日はNiiSへトレーニングに行ってきます。風が吹きそうなので遠出は避けます。
ヒゲじいさんの連れ合いの三代目若柳吉駒でございます。
1937年(昭和12年)に祖母の初代吉駒が創設し、伯母の二代目吉駒から私に引き継がれた美登利会を主宰しております。昨年の4月には第81回の舞踊公演を行うことができました。今年も4月5日に昌賢学園前橋ホールで第82回を開催できますように準備を進めております。こうして長く続けられますのも、支えてくださる皆様のおかげと、ただただ有り難く、感謝申し上げるばかりです。去る2月11日に東京の浅草公会堂で開催されました東京新聞主催の『第100回記念 女流名家舞踊大会』では常磐津「芥大夫」を舞いました。遠路お越しいただいた皆さまに心から御礼申し上げます。
《最近の美登利会と吉駒リサイタルの舞台をご覧になりたい方は…》
第81回美登利会と第6回三代目吉駒リサイタルはこちらをご覧ください。
第80回美登利会と第5回三代目吉駒リサイタルはこちらをご覧ください。
第79回美登利会と第4回三代目吉駒リサイタルはこちらでご覧ください。
お稽古場は前橋市城東町、三代目吉駒をご紹介しますのでこちらをご覧ください。
