人生棚卸し、振り返り中

もっと未来を望むまま、自然態でのびのび生きたい。
と思っています。

人生の転機

一人一人、色んな人生ドラマが繰り広げられますよね。

タイトルに書いた、「感情が邪魔」

これは、中学2年の時に親とケンカ?したときに強烈に心に刻んだことです。

原因は、些細なコトがキッカケ。
たしか何かを買って欲しいか、習い事をしたかったか、とにかくお願い事をして切々と両親に訴えていた時です。

長々と粘るものの、却下されました。
却下されて、自分のやりたい思いが否定されるのに、どうにもやりきれない悔しい切ない思いがドーンと込み上げてきて、たまらず涙が溢れました。

我慢するのですが、涙は我慢しようとすればするほど、余計に切なさも爆発し、溢れます。

そんな中でもまだ訴えようと発言を試みるのですが、言いたいことが言葉やしっかりとした文章になりません。

それを見た両親に言われたことが、
ちょっと馬鹿にしたような感じで
「あらら~泣いちゃったー」
です。

真剣に話しているのに、馬鹿にされてた、
真剣な思いを茶化された!
と強烈にショックを受けました。

そこで決断したことが、
「感情は邪魔!人を説得するのに役に立たない!」

感情がどうにも暴走して、理路整然と言葉を喋れない、従って説得がうまくいかない。
と思いました。

それからは、感情の波をコントロールすることを身につけ、調整可能になりました。

ですが、出発が感情が邪魔、なので以後、
人との関係で感情を大きく揺さぶるようなコミュニケーションが苦手。

というか、避けたい。

ですが、「感動」と書くように、感じて、動く!コトが余りなく、
淡々とした人になってしまいました。

それが離婚を経験し、自分のウィークポイントを嫌と言うほど自覚するにあたりました。

この淡々と感情を上手く使えない私が
変わったキッカケがnTechとの出会いでした。

HPなどでもnTechの内容はインフォメーションされていますが、
とにかく人と深く繋がる、協力する、
チームワークと共通のヴィジョンに向かい、
達成を共に喜ぶこと、などたくさんの経験を通して、感情の筋肉、心筋が解され、
新しい感動の領域に出会うことが出来ました。

他のこぼれ話もまた今度いつか書いてみようと思います。

ありがとうございました(^^ゞ


神社やお寺めぐりの途中に出会った
マハトマ・ガンジーの言葉。

「明日死ぬと思って生きなさい
永遠に生きると思って学びなさい」

明日死ぬと思ったら、
また今度言おうと思って胸にしまう回数が変化するんじゃないだろうか?
人生棚卸し中。ちょっと散歩中に思ったことです。

神社やお寺めぐりが好きで、
思い立ってふらふらと良く行ったりします。

そこでとあるお寺の前で、教え?的な言葉が書いてありました。

その言葉自体はメモってないのですが、
思い浮かんだことをメモしたのが↓

「悲しみに出会って、幸せを知る」

人生棚卸し中なので、色んな方面に意識や考えが走ります…(^_^;)

もっと表現することを習慣化!
最近の課題です。

ここまでお付き合い、ありがとうございましたm(_ _)m
6月くらいに「人生の転機」について
書きましたが、付録やオマケや外伝?等など
ホントはあります。

おいおいご紹介していこうかなと思っています。

今日は一つのテーマで、
「熱くなれた件」です。

中学生の半ばからどんどんクールでドライを目指しました。

目指して結構思った通りになっていったんです。
「クールでドライ」は、
簡単なのかな?

まぁそんなこんなで、大学を卒業して
社会人になる頃には、
そのスタイルが当然になっています。

クールでドライという、目指した自分改造も
達成されています。

だけど、それが定番化すると相反する気持が生まれてきました。

「もっと熱く生きたい…」

「こんなもんなのかワタシは」

かといって、仕事にもそれほど熱くならないし、
当時のパートナーにも熱中するほど熱くなれません。

周りとの関係性はうまくいってるし、
特に仕事もプライベートも問題ない。

でも、もやっと満足出来ないものが広がっていく。

そういう思いをモンモンと持ちつつ…


あるときから問題がどんどん起こり、
対処しながら何とかうまくやろうとするものの、
(経過を省略しますが)
離婚して、自分を見つめ直すことになりました。

そのこで、
「生きるとは何か」
「働くとは何か」
「何のために生きているのか」
「何を人生で成したいのか」
「人間とは何なのか」

等など至極真面目な質問と向き合いました。

自分なりの答えを出したりしてみるけど、
スッキリしない。

ひっくるめて「一体この世って何なんだ」
などとイラつきながらも
日々考えてました。

そんなある時、ひょんな出会いから繋がって、
nTechと言うものに出会いました。

その創始者は、Noh Jesuという人でした。

なんか惹かれる内容もありつつ、
ぶっ飛んでるところもあったので、
「怪しいなぁ」などと思いつつ。

一度セミナーやっているというので、
聞きに行ってみたのです。

すると、なんとなんと、いままで私が考えてた
何気に真面目な質問たち

「生きるとは何か」
「働くとは何か」
「何のために生きているのか」
「何を人生で成したいのか」
「人間とは何なのか」

に明確に答えられると言うのです。
それらが明確に分かるのがnTechだと。
(当時はnTechという表現ではなかったですが)

怪しさも感じつつ、明確に分かる!と
ハッキリと言い切るコトが出来る背景は何だろう?
というのも興味が出てきて。

ここは、学んでみることに。

すると、そう言った今までモヤッとしていて、
クリアにならなかった質問がどんどんクリアに整理されてきて。

「熱くなりたいのに熱くなれない」自分の中に

ある時、「熱さ」を感じることが出来ました。

この出会いが無かった
きっとこんな風に自分の中に「熱」を感じることは、
無かったかもしれないと思います。

もちろん「ちょっと熱くなったり」「まぁまぁ熱くなったり」は出来たかもしれないのですが、

感じる「熱さ」が違ったので。

ここまで読んでくださりありがとうございます(^o^)

人生棚卸し中にちなんだ記事を
ちょいちょいと書いてきましたが、
何となく飽きてきたので、
別路線で今日は書いてみます。
*************

始まり と 終わり


始まりがあって終わりがあるのがニセモノ

終わりがないのは当たり前?

真実の姿は終わりがない

*******
分かりにくー(^_^;)

まぁ、ちょっとふっとしたとき
思い浮かんだので書いてみました。
人生棚卸し中、振り返り中のちょっと思うこと、
ちょっとひとり言です。

*****************

今を大事に、今に集中して生きたい。

それを人間の観念が邪魔をする。
自分が作ってきた過去が編み上げられた観念。

今しかないのに、
今が無ければ未来も過去も何もないはず。

今に前後左右がくっついてくる。

今に前後(未来と過去)がくっついて、
今に左右(人間関係と人の目)がくっついてくる。

そうして自由選択が出来るはずなのに、
何かに選択を委ねた様になってしまう。

本来なら、今をみて、今に集中して、
今から選択が出来ることが大切だと
切に感じた。

前後左右から判断していないか。
今からの選択をしてるか。
間違ったり進んだり。

それでも道を進めていると思って歩んでいこう。
人生の棚卸し中、転機のお話にまつわるストーリーです。

以前に、半年のスピード離婚したお話を書きました。

思いがけない(本人的には、想定外の)急激な転機によって、自分がどんな方向に向かって道を選ぶのか?
人生の的(まと)を知りたい!と追求した後に、
nTechに出会ったのですが、今回は学んでみた効果にちょっと触れてみたいと思います。

離婚の話が持ち上がり、もちろん色々と話をしました。

何がいけなかったのか、どうして別れを選択するのか?等など。

当時の私は話しても話しても、
相手の話を聞いても聞いても、
何故にダメだったのか?が「わかるようで分からない」

「わかるようで分からない」
これは、要するに「結局のところ分からない」んです。

ここでも別れる前に何とか理解したいと粘りますが、まぁ省略すると「理解できずムリ」だったワケです。

相手の気持ちの変化がどんな風に起きたのか?

だって結婚スタートしたときは、
少なくとも離婚前提では無いでしょうから、
「パートナーとして一緒に関係性を育みながらやっていきたい」と思っていたハズ。

そこから、「もうパートナーとしてやっていくのは、ムリ」に変化が起きてるわけですよね。

その「ちんぷんかんぷんなパートナーの心の変化」が、nTechを学んで人間に対する理解や観方が変わって来たときに、だんだんと紐解けてきたんです。

そしてある時、当時のパートナーが
どんな気持だったのか、
なぜ変化してしまったのかが、
自分の中に鮮明に流れ込んできた瞬間がありました。

それはまったく新しい感覚で、
自分の考えの延長線上ではたどり着けなかったモノだと思います。

自分ではみえていなかったモノが、
新しい観方として捉える事が出来まして。

このことがあったから、離婚したことに対する囚われや、イケてない感からも自由になれたと思います。

人生の棚卸し中につき、小学生~中学生時代の
エピソードを掘り起こしてます。

以前に小学生の時は
「しろぶた(白豚🐷)」と呼ばれていたお話を書きました。

色白でふっくら目だったのだと思います。

加えて当時のオトナの方々よりよく言われていたことが、
「体格がイイね~」

…コレは(いちおう)褒め言葉だと思われるのですが、
何とも【嬉しくない!!】←本人的には。

けれども事実、【タクマシイ】のです。
きっと骨格的にかなりシッカリした骨太デス(>_<)

なかなか、欲しい言葉を貰えない日々デスね~

この辺りに、「今がダメだから、○○○になろう!」
なんていう頑張り型が身についたのかと思うわけです。

ちなみに今は中身も「タクマシイ」
と言われています(゚-゚)

こんにちは。1ヶ月ぶりです。

今回反省して、来月からコンスタントに「書く」
ことを習慣化させようと…今日は思っています。

先月、先々月を振り返りつつ。

運動オンチの話をしますね。

幼少期~中学中盤辺りまで、
おおよそ「運動オンチ」でした。

運動出来づらい子の立場からみると、
これってツラいよな~という出来事がチョイチョイあるのですが、そのひとつをご紹介。

小学生のとき、マラソン大会が冬場にありました。
本人は一生懸命走っているのですが、
ゴールは、最下位です。

このゴールするときのコレ↓
先生や応援?にみえている父兄など、
総出で拍手(というか、手拍子?)しながら
ゴールで出迎えられること。

コレが惨めで惨めで、本人的には、
居たたまれず逃げ出したい思いで溢れました。

周りで見ている人たちは、
「がんばって」という応援なのでしょうけれど、
最下位でゼーゼーハーハーと、
まったくスマートでも無い状態で
憐れみを受けているようで切ない思い出となっています。

自分の受け取り方もあるでしょうが、
こうした記憶されている事柄も、
自分のありのままを受け入れられない土台になっていたんだなぁとわかりますねー。

では、他もボチボチご紹介していきます。

ここまで読んで頂きありがとうございます☆
人生の棚卸し中のため、
転機になったことを振り返ります。

その変化のキッカケは、
あるインパクト大な出会いだったんですが、
それ以前は「何かに熱中したいのに、熱中したいモノが見つからない」状態でした。

そういうと、誰でもあることかもしれません。

小さい頃は、わりと全てが自分の知らないことで、
出会うモノが新鮮、マンネリというのは無かったと思います。

誰でも成長するに従って、経験値が増えて
知ってること、聞いたことあること、
やったことあることが増えていきますね。

そして周りからの情報収集もするようになって、
どんな風にやれば得かなんかも考えていくようになります。

中学生の頃に、担任から
「おまえは合理主義だよな」と言われたことを記憶しています。

かなり損得勘定で色々とモノゴトを考えていたと思います。
(中学生なので、得する損すると言ってもたかが知れていますが)

高校生の頃は、「クールでドライ」
がカッコイイ?と思い込んでいて、
この頃は担任から、

「いつもポーカーフェイスだよね」
というコメントをもらいました。

この「クールでドライ」は、これから加速していきます。

大学生では、如何にモノゴトに対してドライになれるか?の追求。

「キャピキャピしてるよね~」
なーんて言われたことは、人生の中でただの一度もありません。

「落ち着いているよね~」
「冷静だよねー」
「クールだね」
↑何万回と言われてきました。

「クールでドライ」を目指したハズなのに、
これだけイメージして頂けることに
成功すると、飽きてきて目指したことさえ忘れてきます…

ただこのパターンは、まったく意識しなくても
プロ級になっています。

更にパターンを繰り返すので、輪をかけて磨きがかかり、研きに研きに抜かれていきます。

当然自分の感情コントロールも大得意!
泣き叫んだり、パニックになることもありません。

常に基本的に「冷静」「クール」「ドライ」

途中経過の事件も所々あるのですが、
ここでは省略します。
(のちのちどこかで書きますので)

そんなこんなで、常日頃が分析クセがついていました。

自分のことも分析、他人のことも分析。
思考でパズルのように、
分析結果と今まで入手している情報とで判定を導く。

どんな時もこれしかしてない。
人と一緒にいても、情報収集と分析なんです。

感情も分析対象。

すると、ある時気づいたんです。
これは、ヤバい!と。

目の前で当時のお付き合いしていたパートナーが、
これ以上ないくらい怒っていました。

もう別れる!と。

私は、そのとき別れたくはなかったんですが、
感情に、スイッチが入りません。
考えがグルグル動くだけです。

感情にスイッチが入らないので、体の反応も起こらない。
(例えば悲しくて涙が出る、、、とか)

目の前には怒っている彼、
実際には感情を動かすことが出来ないまま、
対処方法を考えます。

当時の私が導きだした、対応策↓

《悲しかった出来事を思い出して泣く》

酷いですよね。

自分でもそう思いました。

これは、私がヤバい、と。

こんな感情が硬直固まっていたら、
豊かな人間関係を気づけるハズもありません。
人を感動させること、
心地よくさせること、
嬉しくさせること、

無理です。

私はその後結婚してみたものの、わずか半年足らずで離婚に至りました。

そして、
本気でこの問題に向き合わざるを得なくなりました。いえ、向き合おうと思ったんです。

このころ、
「人生の的に出会いたい!」
強く強く願っていまして。

思いっきり方向を決めて、その的に向かってチャレンジしたい!
だけどどんな方向を向いたらいいのか、
どこに自分の的があるのか、分からない。

だから的さえ分かれば、後は中心を射抜けるようにやり続けるだけだ、と。

それには、的をハッキリと知りたいなと。

そこで出会ったのがnTech開発者のNohさんでした。

この出会いをキッカケに、的を知ることができ、
それまで役に立たないものと思い込んでいた、
感情に対するイメージもひっくり返りました。

熱くなりたいのに熱くなれない問題も、
自動的に解決されていきました。

色んなエピソードも生まれました。

ここまで思った以上にながーくなってしまったので、変化のキッカケとしてはこの位にします。

おいおい関連エピソードも追加していこうと思います。

ここまでお付き合いありがとうございましたm(_ _)m