今日は熊本地震から3年目。

今朝そのニュースをみていて、もう3年、
経つんだなぁと仮説住宅の記事を読んだりしていました。


そうしたら、さっき、阿蘇山噴火!のニュース。

丸3年のちょうど同じ日。

何の自然からのメッセージだろう。
日本は本当に自然災害が多数発生する風土なのか。

自然の驚異と向き合って、自分を見つめて、
自然と対話する。

日本人の独特の感性は、
こう言った風土から培われ、
深く根ざした忍耐と破壊からの再生力に繋がっているのかと感じた。

被害が最小限でありますように。
フランスのノートルダム寺院の尖塔崩壊のニュースを今朝みてびっくりしました。

現地時間、15日の18時50分頃、日本時間の午前1:50頃のことらしいですね。

1000年近い歴史を持つ寺院とされ、
何よりも貴重な芸術作品が多数存在していたはず。

詳しく知らなかったので、石造りでは無かったの?と驚きました。

屋根を支えていた木製の構造物が炎によって破壊されたとのことですが。

いままで有ったものが、燃えて無くなる。

無くなったものは、有ったけどもう無い。

時々思いを馳せる、
「無いけど、有る。有るけど、無い」
と言うフレーズを更にかみしめました。

たぶん誰しもが「絶対なんて無い」と言うことは、思っている。

私もそう思います。
※ここら辺り、ニュースの話からは、広がってます。

ただ最近自分の中で、関係性に絶対を求めがちなんだと気づきました。

いま、この辺り追求中です。

また続きで書きますね。


お久しぶりです。

ホントにぽつりぽつりとしか更新しない(>_<。)

今日は以前の記事を見返していて、
あぁ、この頃はとにかくチャレンジって思ってたなぁ。と思いだしました。

今は、どうかというと、チャレンジした結果
わりと玉砕…(゜Д゜)

昔から、平凡な人生より波瀾万丈な方がいい!
などと思ってきました。

波瀾万丈とまでは、行かなくても、
なぜか平凡に幸せに日々が過ぎる、と言うことに縁遠い気がします😅

一時期は歴史に名の残る人になりたい、とか思ってました。

何を成すべきか、とかよく考えてたり(笑)

天職にであいたい、とも熱望してて。

そんな時に初めてnTechに出会いました。
無いところから新しく生まれた、新技術。

変化の仕組みからモノゴトを解析できる。

宇宙がどうしてどのように出来たのかと自分の今ここが繋がる。

色んな言い方がありますが。。

人間人生、みなさん、それぞれいろーんなコトがありますよね。

実際楽しいこと、ウレシいコトばかりじゃ無い。

すごく辛いこと、悲しいこと、苦しいこと、たくさん経験したりする。

ハマった時は、めちゃくちゃ訳がわからなかったりする。

友だちに話したり、時にはウダウダ喚いたり。
いろんなことして、時間が解決したり。

人それぞれだと思います。

自分は自分以外の何者でも無い。だけど、その自分から離れてみないと、
このめちゃくちゃへこんだりしたときには、
全く解決しなくて、苦しかったり。

そんな時に、自分から絶対に離れて観ることが出来るツールがnTechだと思います。

これを知ってから、希望がもてないと思い込んでしまうときも、
心の底には確信の火が消えることは無くなったなぁと思います。

部分的な話で分かりにくいかもしれませんが、
思いつくままに綴ってみました。

また別のピースを違う機会に書いてみますー(^o^)
何でもできるから、幸せなのか

世界中の富を全部得られたら幸せか?
世界中の権力を掌握できたら幸せか?

と以前問われたことがあった。

そのとき、一時は
それは何でもできたら、ハッピーなんじゃない?と思っていた。

そして、よくよく考えてみると、
決してそうじゃないだろうと思うに至った。

あり得ない仮定だとしても、あり得た、として想像して考えると、何を望むのかみえてくるのかもしれない。

時々、ふとしたときに思い浮かんだフレーズや言葉をメモします。

今日はそんなシリーズで書いてみたいと思います。

そのメモを見返していたら、
↓こんなのが出てきました。

「悲しみにであって、幸せを知る」

うーん、(・・)
いつ何の時にメモったのか分からないかなぁ😅

上手くいってる時より、上手くいかないなぁ、
と感じるときほど、自分を振り返る。

そんな時に、どこか歩いていて、
お寺や神社でメッセージに出会うこともある。

違いばかり目に付いたりすると、
何だか疲れる事も多々あるけれど。

違いがあるから、より存在を際立たせることが出来るのかな、と。

だから、「良いこと」「悪いこと」
と分けるのじゃ無い観方で行こうと思います。


以前の記事で、自分は「クールでドライ」だったと言う記事を書きました。

それが出来上がった背景も、所々書いてみた事があります☺

色々振り返ってみても、そんなクール&ドライな気質が、Hotなテイストに変化したキッカケは、やっぱりnTechかなぁと🐨

何処かしら、当時私は心の深くに、
「熱くなりたい」と言う欲求がずっとあった様です。

でも「何に対して打ち込んだら良いか、分からない。」

仕事にしても、より良く仕事をしているつもりだけれど、燃え上がる程のエネルギー投入は、出来ない。

「熱くなりたい」=「燃え上がりたい」
ま、色んな表現があると思う。

では、燃え上がることが出来る対象として、「仕事」は、難しそう。

「趣味」…、燃え上がる程ではない。

「恋人」…、盛り上がるが、燃え上がる程ではない。

ざっくり大まかにでもそうしたことをイメージしたとき、あれ?「熱くなれる対象」「盛り上がれる対象」
何なんだっけーーー💡

それが、大反転したのがnTechに出会って、自然と出てきたのが、「熱い…ちょっと暑苦しい??」新しい自分がいました。



①自分自身にOKを出せる人。
②自分自身にOKを出せない人。
③自分自身にダメ出しをしてしまう人。

私はわりと、③です。
「わりと」というか、かなりやっています。

現状を、「まだまだ」と捉えやすいのです。
たしかにそうすると、伸びしろがたくさんあります。

可能性の幅とも捉えられます。
モノは言い様なのか。。。

けれど、それをやっている心の状態が重要だなぁとかなり思います。

現状にOKを出せる柔らかさも持ちつつ、
伸びしろの部分を進めていける。

Okを出せるには、やはり「自分大好き」というのは、大事だと思うのですよ。

自分には、まだ●●●が足りない、まだ●●●が分かってない、とか色々あるかと思いますが、そう思ってしまう自分がいることは、それでOKとしても良いんじゃないでしょうか。

私は私でいたいし、私は私じゃない人になりたい。

などと、訳の分からない?ことを思ってしまう私ですが、条件だけで人を好きにならない(なる人もいるかもですが)なら、自分に対しても、そうだと思って、自らを観てみようと。

今日はそんなことを考えた日でした。

ここまで読んで頂きありがとうございます🙂


愛、について。

このワードに関して考えたりしたことありますか?
何かしら考えた事がある方が多いのかな?と思っています。

今日は内容を深掘りするつもりではなくて。

先日久しぶりにあった友人と話していて、改めてこの話が出たのでメモ代わりに書いています。

人が生きていく中で、たいていの人は、数の差こそあれ、多数の自分以外の人と関わりながら生きて行きますよね。

どんな人と出会って、どんな人から影響を受け、どれだけの人に自分は影響を与えるか。

受け取ったり、あげたり、とにかくそんなやり取りが人生を形作って行くのかなと。

そんな中で偶然の出会いから、今も続く知人、友人がいまして。

その中の一人から先日言われたのが、いきなり「愛ってなんですか?」と言った内容のメールを私が送ってきたと。
(さすがにいきなり…では無いと思うのですが)

それだけ聞くと、かなり、いや相当変なヤツです。怪しくあまり関わるの止めとこう、と思います、きっと私も。

ただ、そのいきなり感と、ストレートにズバリと聞いたそのフレーズが、インパクト強烈で今も続く関係性になっていることは、間違いないです。

話を聞いていると、最初のこのインパクトが無ければ、恐らく途中で関係性も薄まり、あんな人もいたなぁ、レベルで消えていたと思います。

相手にとって、何がインパクトになるかは、それぞれかもしれませんが、一見躊躇するようなアクションでも、新規に関係性を広げたい時には、何かしら有効なんだと改めて思ったりしました。

場合によっては、この「愛ってなんですか?」のテーマは使えるかもしれませんよー。

では、今回もここまで読んでくださりありがとうございましたm(_ _)m

今回は、ほぼほぼクール&ドライを目指した10代、20代の私が、

人と協力して何かを達成し、人間関係の繋がりに感動を覚えた記憶からピックアップ。

 

タイトルに「その1」とか書いていてしまうと、のちのち覚えられないので、

書きませんでした。

 

もうずいぶん前のこと。

当時地方エリア6名ほどのチームで、プロジェクトを組んで1ヶ月ごとの目標、計画、達成、次回の目標設定、教育など様々なパートをこなしていました。

 

そこで、必ず達成必須、に設定し、出来なければそれぞれの意見&アイディアを出し合い、MTG。そしてまた実践、と基本の繰り返しを行なっていました。

 

何かを達成しようと目標を決めても、「どうせやっても無駄」という思いに覆われてしまうことは無いですか?

 

その当時は、正直言って本当に「どうせやっても無駄」という思いが0%でした。

不思議なことに、やれば必ずバージョンUP出来ると思っていたし、事実そうなっていました。

 

この「どうせやって無駄」というのは、本当に何かを実行する時に障害になります。

しかし自然発生的にでてくる思いをどうコントロールするのか。

 

なぜ出なかったのか。でない考えの道を作っていたからだと思います。

そしてそんなメンバーで集まっている。もし6名の内1、2人がそんな思いをいだき始めても、全体の意思の海が溶かしてしまっていたのだと思います。

 

そんな中、達成まであと2日、しかし今回は目標の半分も達成していません。それでも諦めるのでは無く、何ができるか?のMTGをしました。

 

どんな滑稽そうなアイティアも出し合います。

全部の観点を出して、そこからピックアップ、優先順位をつけて実践。

 

なんとその結果、最終目標達成日までに、みごと達成してしまったのです。そのとき、だれもが自分ひとりの力では無く、チームがなくては到底達成不可能だったとの実感を持っていました。見た目はひとりひとりの体が別々で違う人間。だけど意志が繋がっている、見える形ではなくチームという一個の生命体の様な感覚があり、その時まで感じたことの無い、新しい充実感を感じることが出来ました。

 

そのころがちょうどnTechに出会って、また新しいイメージが広がったときでした。

 

ここまで読んでくださった方々ありがとうございます。

 

ではまた次回お会いできると嬉しいです。

私の実家はとても田舎にあります。

昔は、米を作ったこともあった田んぼから、植木などを植えている畑に変わって持っています。

柿を作ったりもしていて、一年を通して柿が実るために、木を剪定したり消毒したりと手をかけ秋の収穫に備えます。

ただとても手がかかるのに反して、それほど高くは売れないようです。

フルーツの人気ものでは、無いから?
柿って何だか地味な感じでしょうか。

まぁ、そんな田舎では周りにも柿畑や植木畑がいっぱいあります。

自分が幼い頃は、それらの畑でも人手があって様々な人が農業に従事していたと思うのですが、最近は様子が違うようです。

だんだん高齢化が進み、後を継ぐ人もおらずに、放置せざるを得ないところが増えている様子。

農業に就く希望も減っているから、だとは思いますが、農業一本でやっていくのも、キビシイ時代なのかと感じます。

農業などの一次産業よりも、情報化社会なので高級情報を取り扱う分野の方が、きっとずーっと稼げるからでは無いかと思います。

日本はこれからどんどん農業などの一次産業従事者が減るのだと思われます。

そうしたとき、日本はどんな社会構成で国を形づくるのか。

自然にそうなっちゃった、では計画して移行した訳ではないので、きっと問題がヤマのように出てくるのではないかと思われます。

放置せざるを得ないのも寂しく、賑わいを取り戻したいなぁと思ったりした今日この頃でした。