史上初の無敗の三冠馬、「シンボリルドルフ 」が死す


4日のニュース。


一時代の輝かしい歴史を残した馬。


なんだか、寂しい気持ちがしたニュースなので、取り上げちゃいました新月



実際に走っている時代をワタシは知らないのだけどあじさい



経歴を聞くとすごく誕生背景があったり、すばらしい経歴であったり、


色んな人のココロが集まって、このドラマがうまれたんだろうな~と感じた。



そして、30歳という大往生馬



走っている姿は、涙が出る。。。





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“皇帝”シンボリルドルフ 死す…史上初の7冠馬

夕刊フジ 10月4日(火)16時56分配信

1984年に日本ダービーを制したシンボリルドルフ 。鞍上は岡部幸雄騎手(写真:夕刊フジ)
 日本競馬史上初の7冠馬として人気を集めたシンボリルドルフが4日午前、千葉県成田市のシンボリ牧場で死亡した。30歳だった。人間の年齢では100歳近い高齢にあたる。

 ルドルフは2004年で種牡馬を引退後、シンボリ牧場で余生を過ごしていた。関係者によると、最近は体調を崩して栄養剤の投与を受けており、最後は眠るように死んだという。

 前年(1983年)のミスターシービーに続いて、日本では史上4頭目の牡馬クラシック3冠(皐月賞、日本ダービー、菊花賞)に輝いたルドルフは、2005年のディープインパクトに先立つ、日本競馬史上初の無敗3冠馬となった。

 後方から豪快に追い込むミスターシービーに比べ、あまりにも安定したレースぶりとその強さに、アンチファンも多かったほど。3冠奪取では2冠目のダービーで、当時ダービーを勝ったことがなかった日本の名手、岡部幸雄騎手が手応えの悪さに、早めに仕掛けようとしたところ、「『まだまだ』とルドルフが教えてくれた」(岡部騎手)という有名なエピソードが残っている。

 3冠を達成した菊花賞から中1週で挑んだジャパンカップでは、体調を崩していたこともあり、初めて土(3着)が付いたが、続く有馬記念を快勝。翌年は天皇賞・春、ジャパンカップ、有馬記念を勝って7冠馬に。

 5歳時(当時表記では6歳)に米国遠征に挑んだが、競走中に左前脚を故障。6着に敗れ、そのまま引退した。

 引退後は種牡馬として初年度からトウカイテイオーを輩出。テイオーは親子2代でダービーまで無敗で勝ち進んだ。その他にも重賞勝ち馬を多数出したが、04年に種牡馬を引退。北海道のシンボリ牧場で功労馬として余生を過ごし、昨年1月、千葉に移っていた。

 昨年24年ぶりに岡部元騎手と再会を果たし、11月には第30回を迎えたジャパンカップを記念して東京競馬場のパドックに姿を現し、元気な姿を見せていた。


2011年10月4日19時08分 読売新聞)

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