気虚を改善する補気剤のうち、四君子湯と並ぶ代表的な処方が六君子湯だ。補剤の臨床を学ぶm3.com「研修最前線」東洋医学セミナー編第6部第2回では、六君子湯の使い方と使い分けについて、症例を基に学ぶ。講師は引き続き、北里大学東洋医学総合研究所(東医研)漢方診療部の鈴木邦彦氏。

 

 

胃もたれに適応のある六君子湯

鈴木 四君子湯の構成生薬(人参、朮=上写真、茯苓、甘草)に半夏と陳皮をプラスしたものが「六君子湯」です。半夏には胃腸内の停水をとり、陳皮には食欲増進や胃内の湿を乾かすという作用がありますが、この2つの生薬を加えた六君子湯は、もともとの胃弱や食欲不振など四君子湯の効果にプラスして、水滞による上腹部不快感(胃もたれ)に適応があります。現代人は冷たいものや生ものを摂り過ぎており、かつ運動不足でもあるため、消化吸収機能が低下して、水滞が起こりがちです。こうした方には、六君子湯が極めて有効なケースが多くあります。

 

 

 関連処方として、六君子湯に柴胡、芍薬を加える柴芍六君子湯(エキス剤では六君子湯と四逆散の合方)は、ストレスが胃腸に影響するような場合に用いられます。

 六君子湯に香附子、縮砂、藿香を加えた処方を香砂六君子湯(エキス製剤では六君子湯と香蘇散の合方)と言いますが、こちらは気うつや食べすぎに効果があり、飽食の現代に広く応用できる方剤です。

気虚に気うつを伴う食欲不振例

 ここで症例を呈示します。倦怠感と食欲不振を訴える30代後半の女性です。

 

 

症例1 30歳代後半 女性

主訴 倦怠感、食欲不振

現病歴 高校時代からめまいあり。やる気が起きづらく、朝も起きられないなどの症状に悩み続けてきた。内科や婦人科を受診したがホルモンの異常は認められず。3年前からは心療内科に通院し、自律神経失調症との診断で抗不安薬や眠剤を服用中。体はきつく、食欲も出ず、漢方診療科を受診した。

既往歴 慢性副鼻腔炎(12歳)

身体・検査所見 身長155cm、体重51kg、血圧104/63mmHg、体温36.9℃、心肺音異常なし、腹部は平坦・軟、下肢浮腫あり、SDS58点(56点以上が重度うつ状態)

 続いて漢方医学所見を見てみましょう。

 

漢方医学的所見

自覚症状 (1)暑がりの寒がり、動悸がするため風呂が嫌い、冬は手足が冷える (2)少し汗をかく、寝汗がある、発作的に汗をかくことがある (3)食欲がない、胃が動かない感じ (4)寝つきが悪く、眠りも浅い (5)軟便気味 (6)頻尿10回以上/日、夜間尿は多い時で3~4回 (7)月経は順調、月経前はイライラする (8)疲れやすい、片頭痛、足がむくむ

他覚所見 (1)脈候 浮沈間でやや弱い (2)舌候 暗赤色、歯痕(−)、湿った薄い白苔(+) (3)腹候 腹力中等度、腹直筋緊張(+)、胸脇苦満(−)、心下痞鞕(−)、心下振水音(−)、鼓音(−)、両臍傍圧痛(+)

 本症例に対して、初診時の漢方医学的所見から虚証の病態と考えて、六君子湯を処方しました。

 1週間後には食欲が出てきたとの報告があったのですが、「薬が飲みにくく吐き気がする」との訴えもあり、甘草の量を考慮しながら香蘇散を併せて処方することにしました。3週間後の来院時には「薬を飲むと胃が動く感じがする」との報告がありましたが、依然食べると胃がもたれる状態でした。

 しかし、6週間後には「しっかりと食べられるようになり、夜もぐっすりと眠れ、朝も起きられるようになった」との報告に変化しました。SDSも46点に改善し、13週後のSDSは正常値である40点以下になっています。以前は感じていた冬季の冷えもなかったとのことです。

 本症例は「気虚」に加えて、「気うつ」に伴う食欲低下があり、六君子湯と香蘇散の合方が改善に寄与した事例でした。

六君子湯か? 別の処方か?

 六君子湯でなく、四君子湯のほうが効果を得られる場合もあります。食欲不振の訴えで来院した60歳代後半の女性のケースを紹介します。

症例2 60歳代後半 女性

主訴 食欲不振

現病歴 数年来、食欲がなく少量で満腹になり食べられない。痛みはないが常に胃が重い。ここ3年くらいで体重は6kg減少した。胃X線検査を受けたところ、萎縮性胃炎と胃下垂が認められた。疲れやすく、手足に冷えを感じる。息切れは感じない。

身体所見 身長165cm、体重46kg、血圧146/84mmHg。顔色やや不良、皮膚は乾燥萎縮、浮腫なし、胸部打聴診で異常なし。腹部軟弱で舟底状、圧痛および腫瘤はなし。舌は薄く乾燥気味、脈は小さく触れにくい。小さな元気のない声でゆっくり話し、動作は緩慢な印象。

 東洋医学的には、脈の力が弱いという所見、そして問診時の患者さんの声や動作の所見から、「虚証」の状態にあると判断できます。当初は六君子湯エキスと安中散を処方したのですが、効果が得られませんでした。

 

 そこで3週間後に四君子湯エキスに変更したところ、少しずつ食欲が出始めました。胃の重みも取れ、4カ月後には体重が1kg増加しています。その後も症状に多少の波はあるものの、四君子湯を服用していると胃の調子は良く、元気でいられるとのことです。数週間服用を中断したことがあるそうですが、中断すると胃の重さを感じるようになるということで、3年以上四君子湯を継続しました。その間に食欲不振は解消し、今はかなり元気になっています。

 

 六君子湯は多くの気虚に効果がある補剤ですが、2症例目のように、他の処方を考慮したほうが好ましい場合もあります。また、六君子湯の服用によって、ごく稀に胃痛や下痢が悪化することがあります。そうしたケースでは温める作用が強い「人参湯」に変更する必要があることも覚えておいて下さい。

 

 合方では、気虚に加えて口苦や胸脇苦満が見られる場合は清熱作用のある柴胡・黄芩という生薬を含んだ「小柴胡湯」などを、口内炎や心下痞鞕などを認める場合は黄連・黄芩の入った「半夏瀉心湯」などを考慮します。さらに腹直筋の緊張、便秘傾向、残便感がある場合には、胃などの消化管が虚の状態(脾虚)と考え、芍薬が配合された「桂枝加芍薬湯」や「小建中湯」を選択します。