5月末、終末期のワンコとか書いている。

4日おきの点滴で一日一日をつないでいる???

 

それから4か月半・・・一日一日の綱渡りなんて思っていなくて

当然一緒に年越しするつもりだったし

ワンコの近くにクリスマスツリーを立てたらサンタさんに連れて行かれるんじゃないかっていうのは不安でツリーを出さなかったり、18歳のお誕生日をできるんじゃないかって思うようになっていました。

 

当初は、母の退院の10月中旬まで生きて対面させられるか??ばかり心配していました。

結果、母の退院まで元気だったけれど、そこからは2か月・・・。

もっと一緒にいられたら・・。

 

当初の悲観的な日記を読みながら、本当にこの子は、奇跡や命の強さ、尊さを教えてくれたのだとわかり、私にとってどれだけ尊い存在であったかを噛みしめています。

たくさんのことを教えてもらった。

私自身は、本当にうまく出来なくて後悔は尽きないけれど、それでも、泣きながらでもこれからに生かしていくね。

 

私が泣いているとき・・悲しみではなく感謝の涙だから、心配せずに天国に向かってね。

いつだってあなたのことを思っているよ。

母が病気で倒れ、急遽ワンコのお世話することになった日からほんの8ヵ月。

それしか守ってあげることができなかった。

インシュリンの注射をしていたことをそれとなく知っていたのに、自分がそれをやらなきゃいけなくなったことに大分気付かずにいたこと。

自分の都合で主治医でなくSOに連れて行っていたこと。

目が見えず、水を置いておくだけでは飲めなかったことに気付くのに時間がかかったこと。

(食事の時に飲ませているうちに気が付きました)

お気に入りのトマト料理にまで手が回らなくてそのままだったこと。

亡くなる前日に止めた方が・・・と思いつつ注射をしたこと。

 

もう後悔ばかりです。

 

頑張っているつもりなのに何も上手く出来なかった。

夜、様々な理由でワンコに付き合ってきたけれど、眠いとか辛いとかばっかり思って、意識朦朧とお世話してて、もっと気づかいして注意深くやれなかったものか?と思います。

母が17年守ってきた命を、その後8ヵ月しか守れなかったなんて。

 

ただ、もう食事する必要のなかったはずの彼が、息子から食事をとってくれたり、最後に口にしたものは、私からの薬・・・気を使って飲んでくれたのだなと思うと

弱弱しい足取りでバタバタしていた時に息子が「歩きたいんだよ」というので体を起こしたら、到底歩けない足で私の介助するなかよちよち歩く姿を見せてくれたこと。

吠えてくれたこと。

あの子が、頑張れるだけの全てを見せてくれたのは、私のことを責めていないからなんだろうなって思うのです。

そして息子から食事をとってくれたこと、本当に息子のことを大事に思ってくれていたのだと思います。

 

今、私のお腹が鳴ったの??

「わおん」って小さく聞こえた。

 

 

うん、ありがとう。

励ましに来てくれたんだね。

 

 

自分を責める気持ちは尽きないけれど

気持ちよさそうにしてくれた時間や甘えてくれた時間

たくさんの頑張りや気遣いを見せてくれて感謝の気持ちでいっぱいです。

何もできなかった私にも「ありがとう」って言ってくれている気がします。

この子にどれだけ励まされ救われてきたか。

こちらこそ、ありがとう。

溢れるばかりの感謝の気持ちが、きっとあなたに届きますように。

天国までの道のりの元気になりますように。

先輩ハムちゃん達に会ったら仲良く一緒にいてね。

心から愛しているよ。

私なんかにやさしくしてくれてありがとう。

本当に本当にありがとう。

 

あなたのいる天国に行けるよう、本当にがんばるね。

どうか見守っていてください。

 

 

 

ワンコは、12月21日(土)23時ごろに旅立ちました。

 

随分と動けなくなっていたけれど、15日にはパパと3時間ほどお留守番してもらって息子とお友達と食事したりしてました。

少しずつ弱っているものの、安定した容体。

点滴をすることも減りました。

ドライフードは、ひき肉を掛けても食べなくなって流動食のみ+ひき肉のみ。

大好きなひき肉(鳥胸かささみ)も下で口に入れられないのか、食べたがりはするので私が口に押し込んだりしていました。

17日の定期通院で血糖値が低いことがわかりその晩の注射はお休み。

そして18日の朝、突然てんかんを起こしました。

てんかんは、11月くらいにも起こしていて、その時からグリセリンやワセリンを飲ませたりしていました。

てんかんの症状が5分ほどで終わりましたが、当然食事も取れず朝の注射も見送り。

実家にあずけ、その後に病院に行くかを託しました。

1時間後、実家より流動食を30ml食べ終わったのでインシュリンの注射やりに来てと言われましたが、昨日の血糖値を思い出していらないんじゃないの?と思うのですが「先生が言っていたからやって」と言われ、息子に注射しに行かせました。

昼頃、実家で再度てんかんを起こしたそうで、いつもの病院はお休みでSOに連れて行ったそうです。血糖値がさらに下がっていました。

一晩泊まりで点滴をうつことになった。これは、とてもかわいそうな事でした。

翌朝19日。点滴の甲斐なく血糖値は43くらいだったと思います。

主治医へ連絡し「ステロイドを点滴すればどうにかなるかも」と言われそこでも点滴。

ずっと父が抱いていたと思います。

夕すぎに我が家へ戻ってきたときは、ぐたりしていました。

夕飯など取るはずもないですが、薬だけは、なんとか飲んでくれました。

20日、息子の3者面談の帰り、母からメールがあり、ワンコの「体調が良くない、主治医に連絡したけれど、家で抱いていてあげてくださいと言われた」とのことで、泣きながら帰りました。

夜も食事をとれない。水も。薬だけ飲んでくれた。

21日朝、息子が「ぼくが上手に食べさせられる」と7.5mlほど流動食を食べさせました。

薬ものみました。

出社前に実家に預けた後、そちらでも7.5食べることができたそう。

夕方、我が家に戻ってきて息子から7.5食べてくれました。

薬までは大変そうで様子を見ていたら22時になったのでお薬を飲ませたら飲んでくれました。

その数十分くらいあとでしょうか?とても息が辛そうで、でも「メエメエ」言っていたのでおしっこだなって思って。

もう排尿も大分大変だったけど縦に抱くと出やすいようだったので縦抱っこ。

久々に吠えて怒っていましたのでお腹の上に戻したらおしっこが終わりました。(シートを敷いてお腹に抱いています)

おしっこが出て苦しい呼吸が終わり、ふっと落ち着くのですが、間もなく浅く小さく荒い呼吸が始まり、もしかして・・と思いながらもお腹の上でずっと名前を呼びさすっていました。

息子は、その間「絶対に回復する」と信じて、ワンコを気にかけながらも淡々と日常を送っていました。

舌を横に出して苦しそうにしていたので「噛んじゃうからだしちゃダメよ。」と戻しずっとずっと抱いてさすっていましたが、まもなくふっと呼吸が止まり、慌てて私からワンコを取り上げ心臓に耳をあてる息子の手の中で心音が消えていったそうです。

息子は、泣き崩れていましたが体の温かいうちに両親に会わせたく、ワンコの大好きだったブランケットに包んで連れて行きました。

最後、温もりは感じてもらえたと思います。

安らかな寝顔でした。

目は、ほとんど閉じ切っていません。

目を完全に閉じて眠ることもあまりできなくなっていたから。

優しい表情でした。

 

ありがとう。ありがとう。

どうか安らかに、天国にちゃんとたどり着いたら

何度でもそこから遊びに来てね。

私達もおなじところに行けるように、がんばって生き抜きますね。