―――眠れない一夜だった。
俺達に言葉はなく、ただ互いの温もりを感じ合っている。
いつの間にか激しい雨をもたらした雲は去り、朝の日差しが部屋を包んでいた。
憎らしいほど穏やかな一日の始まりだった。
ゆっくりと起き上がった俺は、うとうととしているユカをおいて寝室を後にした。
窓から見える天気とは裏腹に晴れない心に鞭を打ちながら冷えたコーヒーを喉に流し込み、朝食の準備を始める。
軽く準備も終わりかけの頃にユカが起きてきて“おはよ”と小さく挨拶をする。
「おはよう、ユカ…その…大丈夫かい?」
「うぅ~ん、そうね…死ぬかと思ったわ」
「…あんまり冗談に聞こえないな」
「びっくりしちゃったわ」
「なんか…その…すまない」
「謝らなくてもいいよ?私が望んだことだもん…」
そう言いながらエプロンを着け手伝い始めたユカ。
この姿も明日には見れなくなる…
俺はこの現実を前に胸を締め付けられる思いだった。
朝食を済ませ暫らくして、二人は出発の準備を始める。
支度を終えたユカの姿は、出会った日と同じ制服とバックのみだった。
俺はその事に深く言及することはせず、ただユカを見つめていた…
その姿を目に焼き付けるかの様に…。
平日の少ない車両の間を縫って車を走らせる。
窓を開けると晩秋の爽やかな風が車内を駆け抜け、ユカの長い黒髪を踊らせた。
ユカはいつもと変わらない調子で話し掛けてきた…
しかし、気が重い俺が曖昧な相槌しか返さないため、やがて二人は無言になってしまう。
そんな時、突然ユカがある建物を指差し“ちょっと寄ってみたい”と言い出す。
俺は何も言わずにそれに従いハンドルを切った。
ユカの指差す場所…
それは“教会”だった。
車を停め、いく段かの階段を昇り、大きな扉を開ける。
中に入るとそこには厳粛な空気が漂い、日差しを受けたステンドガラスが色鮮やかに光り輝いていた。
神聖な雰囲気の中、俺達は中央のキリスト像の前で足を止め見つめ合う。
そしてユカは俺が思っていたとおりの言葉を口にする。
“ねぇ…結婚式…しよっか?”
俺は黙って頷く。
それは何らかの切っ掛けでユカがこの別れを踏み留まってくれるかもしれない…と、僅かな望みに賭けていたのかもしれない…
叶わぬと知りながらも…。
誰もいない二人だけの結婚式。
互いにはめていたペアリングを外し手渡す…
俺は誓いの言葉を神父の代わりに代弁する。
「ユカ、あなたはhidorutを生涯の伴侶とし、良き時も悪しき時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、愛し続けることを誓いますか?」
“はい…”
と…答えたユカはたどたどしく先程の台詞の真似をして繰り返し俺に尋ねる。
当然その問いに俺も“はい”と答える…
そして…持っていた指輪をユカの左手薬指にはめた…
ゆっくりとはめられた指輪…
その指先を見つめているユカの目には、今にもこぼれ落ちそうな涙…
一つ瞬きをしたユカが次に俺の左手薬指に指輪をはめる…
微かに震える手で何かを確かめるかのように、ゆっくりと…。
そして二人は見つめ合い誓いのキスを交わす…
長く…深いキス…
それぞれの想いが交錯し合う…
二度と一つに交わらないことを知っていたからこその誓いのキスは長かった…。
頬に流れる熱いものを感じた俺は薄く目を開く…
この涙は喜びの涙じゃない…
唇を離し、そっと親指でユカの涙を拭う…
俺の顔を見つめる二つの瞳からとめどなく溢れる涙…
俺はとっさにユカの首もとに手をまわし、胸元へ引き寄せた。
この涙はいつまで流れるのか…
俺の胸が熱く濡れていく…
”さぁ…行こうか…”
歩きだす二人。
しっかりと俺に寄り添いついてくるユカが言った。
「私…わがままばっかり言ってごめんね…」
静かに顔を横に振り俺は答える。
「…いいんだよ、これは俺が望んだことだから」
そう答えた俺に満遍の笑みを見せ小さく…
“ありがと”
車に乗り込み、目を閉じ一息つく。
そして意を決したようにエンジンを掛け車を発進させる。
俺達の五日間が…この恋が終わる場所へ…。
やがて漂う潮風の香り、生命の母たる大海の袂へ俺達は辿り着く…。
そして…――――
《儚い誓い》終わり!!
次回最終話《静かな海で…》で逢いましょうっ!!
…えっ?もう飽きた?…すいません、もう少し我慢して下さいm(_ _)m
