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個人的な読後の感想を勝手気ままに書いてます。

人が内包する欲や惰性に、見事なまでに翻弄されていく主人公たち。
最後の命は誰のためにあろうとするのか。



最後の命
中村文則 著
講談社文庫

意識の奥にある声に耳を傾ける。
自分の中にある意識の声は、記憶の中で生成されて、
経験の中で熟成されて、関係性の中で産声をあげる。

主人公は、
小学生の時に見た浮浪者たちの集団レイプ事件がきっかけとなったトラウマに翻弄されている。
見捨ててしまったことによって一つの命が捨てられた。
それが、自分のせいなのではないか、と。

過去に捕われるのは、主人公と同じ体験をした友人、冴木も同じだ。
冴木はまた違った角度でトラウマから逃れられない人生を歩んでいた。
主人公は結果に翻弄され、
冴木は行動に翻弄されていく。
そんなふたりが再会を果たす。
テーマはそこから始まる。

性欲と暴力。
正常と異常。
誰を想う。
何を想う。
何をする。
何を恐れる。
何を求める。
求めても良いのか。

体の内側と外側の間に、
ふとした空間があると私は思っている。
それは、感情が存在する空間。
内側と外側の関係がうまくいっていれば、体は機能してうまく動く。
しかし、どちらかが壊れると、
その間にある感情が、内か外か、
どちらかに向いて暴れたり、何もしなくなっていく。
じっとしていることができなく、テレビを点けては消してみたり、
包丁の刃先を自分の首元に向けてみたり、手首に傷を付けてみたり。
涙が止まらなかったり、誰かを求めたり。
人は、それぞれに様々な感情を持って生きている。
そしてコントロールできなくなることを自覚する主人公たちは、また傷ついていく。

「遠くから見れば」彼女が言った。「きっとわたし達は、何だか幸せに見えるよ」

それでいい、と私は想う。

さて、この小説を原作にして、
この冬映画化されるそうだ。

柳楽優弥くんが主演と聞いて、いいキャスティングだな、と思った。
ナイーブで尖ってて、危うい感じがうまく出るのではないかと。
あまり骨太に描かないで欲しいと思うが、さて。
映画も楽しみである。
あまりに久しぶりすぎて、
パスワードやらなんやら忘れていたし、
画像のアップの仕方すら覚えてなかった...
数少ない読者からのリクエストで再開です(笑)




Nのために(文庫版)
港かなえ 著
双葉文庫 

「究極の愛とは罪の共有だ」
このセリフは言い得て妙だなぁと。
愛なんてカタチのないものをどう定義するのか、
どのような置き場を作るか。
それはおそらくどんな天才にも答えは見出せないだろう。
時系列というどうにもならない残酷な存在もある。
さらに愛は、セックスに直結するものだけはない。
そして、それを信じさせてくれる内容でもある。

誰かを想いやる気持ちがあって、
その気持ちが何らかの現象として実感出来た時、
人は幸せの置き場を感じる事ができるのかもしれない。
でも、果たして正解なのか。

この本には問いかけがあれど、回答はない。

きっと幸せは本人の心の中にあるんだろうなぁ、と漠然と思わせてくれる。
人を想う気持ちは、素敵だな、と。

半面、愛の表現が歪んでいる人も正面切って描かれている。
湊かなえならではかな、と思わせる気持ちの悪さだ。
悪い意味ではない。
それも現実なのだ。

日々、虐待の記事を目にする。
その現実と比べたら実はまだベールにくるまれているのかもしれない。
ただ、この著者は人の内面にある闇に目を背けず向かい合う強い筆力を持っている。
好きな人に傷つけられることが愛の証と思う。
人もいるのだ、と。
その歪んだカタチも、また愛なのだ、と。

著者初の純愛ミステリー、というコメントに惹かれて読んでみたが、
やはり、湊かなえは湊かなえであった。

今回は、少し混乱したままの読後感想となったが、
それぞれの心にある、『N』のために、生きることは素敵なこと。
であるはず、だ。


なぁんてタイトルだ!

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死ねばいいのに(文庫版)
京極夏彦 著
講談社文庫


まぁ、なんだか無性に笑ってしまったのです。
もちろん、とても良い意味です。
レトリックもクソもない、ただただ馬鹿正直な思考でとりなされる主人公・ケンヤの発言。
上辺や見栄や偏見や社会性といった枠の中で生きている相手は
その言動に勝手にあたふたしていく。
あたふたしている心の動き、言葉の波、それらがいちいち面白い。
人ってそうだよぁ、って。

死ねばいいのに。

そう言われたら、自分はどう思うかな。
シチュエーションによるような。
バカみたいな話で大笑いしてて、自分をネタに笑っているとしたら、それは
「あんた面白いね」、「よくそんな馬鹿げたことしたね」、
と同義語に捉える傾向にあると思うので、それは、
「そうだね」
と笑って答えることができるかな。

喧嘩してて、涙をためながら相手に言われたら、
それは本気だ。
それは堪える。
それはイヤだ。

そう、笑って100%冗談の中で言われるならまだしも、
そうではない状況で言われる事は、イヤだ。
できれば避けたいというか、そうなりたくない。

言われたら、やっぱり拒否るすよなぁ。
拒否、しますよね?