「そんなに重い荷物を背負ってどこへ行くんだね?」
なんか見たことあるジイさんだなあ、
と思いながらも、
僕にはとってもとっても大事なお仕事があって、
構ってる暇がなかったのでシカトすることにした。
「見たところ、個性をウリにしているらしいが、
その驕りが嗅覚を鈍らせているとは思わんかね?」
個性?
嗅覚?
僕は別に驕ってなんかいないし、第一、嗅覚ってなんだ?
匂いなんて意識したことないぞ。
「今まで培った知識だけで生きていこうとしておるのか? そんなに自信がないかね?」
僕はいつも自信満々だ。
本だってたくさん読むし、文化にだって触れるようにしてる。
いつだって貪欲に新しい知識を入れようとしてるさ。
「ハダカになれるかね?
いやいや脱がんでいい、そういう意味じゃない。」
え?脱がないでいいの。
せっかく鍛え抜かれた身体を自慢しようと思ったのに。
「また会おう。
とりあえず、お前に惑う時間をやることにする。
大いに迷うがよい。」
ヘンなジイさんだなあ、と思いながら僕は車に乗り込んだ。
エンジンを入れながら気が付いた。
あのジイさん、「ファウスト」にでてきたメフィストフェレスを連想させる。
「人間なんて馬鹿な小宇宙なのに自分のことをいつも全体などと思い込む」
メフィストの台詞だ。
気になって、ゲーテを読み返してみたら、
「個性なんてない、基礎を学ばずして何が才能だ。」
という箇所に線が引いてあった。
全然、覚えていない。
が、さらに走り書きがしてあった。
五感をフルに活動させ、知っていること全てを捨て去った瞬間に覚醒している状態。