ZACグループ代表取締役社長・金森秀晃オフィシャルブログ

ZACグループ代表取締役社長・金森秀晃オフィシャルブログ

株式会社ZAC社長 金森秀晃のブログ。
人事制度構築、教育・研修サービスとその現場から得た気付きについて綴っています。
企業研修・コンサルティング・スクールのことから、大好きなおやつの事まで幅広いブログです。

 

ミラノ・コルティナオリンピックでのフィギュアスケートペア、
りくりゅうの活躍に興奮冷めやらぬ方も多いかと思いますが、
フィギュアスケートのオリンピックでやはり思い出すのは
2014年ソチオリンピックの浅田真央さんの伝説のフリー
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番』ですよね!

もはやラフマニノフを聞いたら、
泣くようにプログラムされてる(笑)
そんな日本人も多いのではないでしょうか。

さて、そんな浅田真央さんですが、
失意のショートからあの伝説のフリーまでに何が起こったか。

先日たまたまそのことについてご本人が語っていらっしゃる動画を拝見したのですが、
一番のきっかけになったのはお姉さんの浅田舞さんとの電話だったそうです。

失意から立ち直れていないことを感じて心配した舞さんから
「楽しんでやったらいいよ」と電話をもらった際、
どうにもならない辛くて悲しいという気持ちから、
楽しんでやれるわけないと「怒り」のスイッチが入り、姉さんにブチギレ。

舞さんからしたらびっくり仰天だったかもしれませんが(笑)
唯一安心して感情をぶつけられるお姉さんにその思いをぶつけることで、
真央さんの中で「なにくそ」、「負けたくない」という闘争心が芽生え、
弱い気持ちが炎に変わるターニングポイントとなったそうです。

「ふざけるな、こんなもんじゃない」

その思いをぶつけたのがあの伝説の4分半だったのですね。

この話をきいて、私は思いました。

怒りは、抑えるものではなく、扱うものだ。

怒りは「感情の暴発」ではありません。
そこには必ず、「本当はこうありたい」という願いが隠れています。

私たちは怒ると、つい自分を責めてしまいます。

「未熟だ」
「大人げない」
「感情的だ」と。

ですが、怒りが出るということは、まだ諦めていないということです。
これはむしろよいことですよね。

「こんな自分で終わりたくない」
「本当はもっとできるはずだ」
「こんな扱いでいいはずがない」

このエネルギーの使い方こそが重要であるということだということを、
あの日の真央さんは教えてくれました。

あの4分半で証明してくれたのは、
本当の強さとは感情を消すことではなく、感情を昇華できることだということ。

あなたが最近、強く憤りを感じた出来事は何ですか?

そこに、飛躍のヒントが隠されているかもしれません。


人事コンサルタント
金森秀晃

 

"悩み相談を受ける際、まずは「共感」が重要だ”

というのは、もはや誰もが知っていることだと思います。

ですが、なんとなく共感は「情緒的なモノ」で、

「共感力は感性、察する力でやるもの。」
「共感できるモノとできないモノがある」

このような印象をお持ちの方が多いのではないでしょうか。

実は、全く違うんです!

先日もオンラインのカウンセリングスクールCOAの中でお話しましたが、
共感に「賛同」は必要ないのと、感性ではなく完全に「技術」です。
もっというと丁寧な「作業」といってもいいかもしれません。

共感は自分の感覚に当てはめて賛同できるかどうかということではなく、
言葉から思考プロセスや感情体験を分解し、
クライエントが抱える痛みを
クライエントが感じるように感じようという営みだからです。

そういう意味では、
どんなに理解したくないような人物との間であっても
利害関係が敵対するような間柄であっても、
「共感」することはできるということになります。
(共感=賛同ではないからです)

ポイントは「察する力」を使わないということです。

「察する」という行為は、人の話を自分の思考回路に当てはめて、
この人もこのように感じるんじゃないかと理解しようとする営みで、
これ自体が悪いことではないのですが、
本当に傷んでいる人に対してやってしまうと
「私の痛みをわかってくれない、わかろうとしてくれない」という
疎外感を感じさせてしまうことがあるので注意が必要です。

日本人はこの「察する力」が結構強いもので、
しかも単一民族なので、そこまで派手に外すことも少ないことから、
察する=共感のようになってしまっているのではないかと思います。

察するのではなく、分解する。

①感情言葉に注意をして抽出する
②①を抽象化する
例)彼氏との関係性の悩みを聞いていたとしたら、
過去の彼氏との関係性を聞いてみたり、友人との関係性を聞いてみたりして、
共通項を抽出する
③②を別の言葉にして伝えて確認する

この3ステップを丁寧に踏めば、
クライエントが抱えているモヤモヤを邪推をすることなく
クライエントの思考回路に則って分析し、ともに感じ、
表現してあげることができるようになります。

「そうそう、そうなの・・・」

という言葉を引き出せたら、共感が成立したと言ってもよいでしょう。
(ちなみに、「いや、そうじゃなくて~~なのかもしれない」という言葉を引き出せたとしたら、
それもまたクライエントの自分自身への洞察が深まったということになりますからOKです。)

察するのではなく、分解する。

この技術はどこのコミュニケーションでも効果的なこと間違いなしなので、
ぜひ皆さん、トライしてみてくださいね。


人事コンサルタント
金森秀晃

 

こんにちは。
人事コンサルタント・講師の三上絢愛です。
今日は金森社長のブログをジャックいたします。

先日、ハンドリフレを学びに来ている訪問看護師の生徒Mさんが、
こんな相談をしてくれました。

「患者さんの話をじっくり聞いて、寄り添ってきたつもりだったんです。
 でも最後に“AIにも聞いてみたんですけど、
 Mさんのいってることあってました”って言われまして・・・。
 正直モヤモヤしてしまってまして…。」

AIが身近になった今、患者さん自身がネットで情報を調べるだけではなく
AIに相談することも当たり前になってきました。
そんな中で、「自分の関わりに意味があるのかな」と不安になることもあるかもしれません。

実は私自身も、同じような経験をしたことが何度かあります。
そのたびに、「AIとどう関わっていけばいいんだろう?」
と自分に問いかけてきました。

そして、あるときふと気づいたんです。
AIは“情報”を届けてくれる心強い存在だけれど、
人の心の奥にある“気づき”をそっと引き出すのは、やっぱり人と人との“対話”なんだと。
だからこそ、私たちは対話を通して、相手の想いに寄り添い、
心に触れる力を育んでいくことが大切なんだと感じました。

私が代表から学んだカウンセリングの技術は、
相手の価値観や背景に丁寧に触れながら、
“何にモヤモヤしているのか”“どんな悩みを抱えているのか”を
 クライエントが気づけるように導く対話だったのだと、改めて実感しました。

カウンセリングでは、相手の話をただ聞くだけでなく、
その奥にある感情や思いに寄り添いながら、
相手自身が自分の中にある答えに気づけるように、そっと支えたり
時には行動を促したりします。

この気づきをもとに、レッスンでMさんにもこう伝えました。

「AIと競う必要はないですよ。
相手の言葉の奥にある背景や思いに寄り添ってみるとよいかも。
その人が“なぜそう思うのか”を一緒に探っていくことが、対話の力になるから。」

しばらくして、Mさんが嬉しそうに報告してくれました(^^)/

「最近、患者さんに“あなたと話すと、自分の気持ちが整理される”って言われました!
AIと比べられることも減って、対話の中で信頼関係が深まっているのを感じるようになりました。」

その言葉を聞いて、私自身も改めて実感しました。

「対話力を磨くことには意味がある。
カウンセリングの学びは、現場で確かに生きるのだな」と。

AIがますます進化していくこれからの時代、
人にしかできない“対話”の力が、より一層求められていきます。

情報はAIに任せて、私たちは“心を通わせる力”を大切にしていきましょう。
AIと対立するのではなく、共存する時代だからこそ、相手との“対話力”が光ります。

弊社では、カウンセリングの技術を実践的に学びたいという皆様のご要望にお応えして、
毎月第3日曜日10時~ オンラインでレッスンを実施しています。
COA - Capitalists Online Academy(キャピタリスト オンラインアカデミー)  
https://f-zac.com/coa/

・スクールに通うのはハードルが高いけれど、学びながら人の役に立ちたい
・カウンセリングを実践で練習する場がほしい

そんな方は、ぜひ一度体験してみてはいかがでしょうか。

大切な家族や身近な人、現場の利用者様や患者様のために、
この“対話の力”を活かしていただけたら嬉しいです。


人事コンサルタント・講師
三上絢愛

 

「一応、やることはやってくれるんだけど、
部下が本音を話してくれていない気がして距離を感じます。
自分は信頼されていないんだろうかと悩んでいます。
本音で話してくれるようになるにはどうしたらいいでしょうか。」

先日、管理者研修の中でこのような相談を頂きました。

このご時世、プライベートなことを突っ込んで聞くわけにもいかず、
それなりの距離感を保ちつつ、でも仕事の上では信頼関係を育みつつ
ということで、難しさを感じる管理者の方も珍しくないと思います。

みなさんなら、このお悩みにどのように回答しますか?

私は答える前にまず質問をしてみました。

「本音を話してくれないことと、信頼をされていないことはイコールですか?」

すると、必ずしも「完全一致」ではないということに気づいてくださいました。

仕事をする上で信頼のおける上司であったとしても、
早く家に帰りたい理由、休みたい理由、仕事に関する本音、
全部をそのまま話せるかどうかはまた別問題です。

もちろん主体的に話したいと思える間柄であれば
それはそれでプラスに働くことも多いかもしれませんが、
例えば尊敬しているからこそ、言い出せないこともあるかもしれません。

であれば、必ずしも本音を語ってもらえなくても、
仕事上求める役割を果たしてもらえるように支援できていれば
それでいいということになります。

ただ、本音を言い出せないまま、
思い詰めて辞められたりしても大変ですから、
部下が胸襟を開いて話をしてくれることそのものを目的とせず
発言から本音に近いことを汲み取る訓練をしたり(邪推はしない)、
この人にだったら本音をいっても大丈夫だと思ってもらえるまで
行動証明をして待ち続けるというのが最適解といえるでしょう。

ちなみにですが、
「本音を話さなくてもよい」という安心感を与えた方が、
逆に本音を話しやすい雰囲気になるということも
覚えておいて損はないと思います。

部下との距離感で悩んでいる方の参考になれば幸いです!

人事コンサルタント
金森秀晃

 

「動画よりも写真の方がロマンがある」

「どちらかというと動画よりも写真が好き」という方が
こんな風におっしゃることがありました。

というのも、
動画は良くも悪くも、情報量が多く、わかりやすい。
その分、見る人の解釈の余地は少し減るということのようです。
(なので届けたいメッセージをわかりやすく伝える
という意味では動画は最強ということですね)

一方で写真は、1枚の写真の中に、
その人の生き方、背景、人間性、理念、
好み、関係性、気温、天気、時間、目に見えない絆・心、
そうしたものを全部凝縮して表現しようとする営み。
見る人にとっても想起させる部分が大きく、そこにロマンを感じるとのこと。
そしてカタルシスにもなるということのようです。

さて、このブログでは、
写真と動画どちらがよいかというところを論じるためではなく
自分の「好き」は「好きでないもの」をやって始めて引き立つ
ということをお話ししたく、このお話をしてみました。

この方は、両方を探求してみることによって、
どちらが好きで、なぜ好きなのかがより一層明確になったそうです。

どちらの面白みもあるし、目的によって適した表現も違うので、
それにあわせてということもできますが、
それと同時に「自分はなぜ写真に惹かれてしまうんだろう」と思うと、
「ロマンを求めてるんだな」と感じたそうです。

「自分のやりたいことがわからない」
「自分の天職ってんだろう」
「自分の得意って何だろう」

人間ですからこんな風に思うことも珍しいことではないと思いますが、
こんな時こそ、
「やりたいことも、やりたくないことも全部本気でやってみる」
ということが必要なのかもしれません。

「医療従事者憧れるけど向いてないかも」
と思ったら、まずは医療従事者に話を聞きに行ってもいいかもしれません。

「営業向いてないかも」
と思ったら、まずは副業からやってみたらいいかもしれません。

「コンサルタントって憧れるけど、私には無理かも」
と思ったら、納得行くまで仕事内容を確認して
不安も含めてぶつけてみてもいいかもしれません。

今の時代、転職せずとも色々なことに挑戦できるわけですから、
やってみてできるようになったら人生の幅が広がるということですし、
やってみた結果やっぱ違ったと別の道を選ぶことになれば、
それはそれだけやってきた人とはまた違った能力が身についているということです。

やってみたけど違ったという経験は、他者への尊重や尊敬にもつながり、
人間関係を育んだり、マネジメントに役立つかもしれません。

悩んだらまず動く、動けるくらいスモールステップを作ってみる。

これが人生最大のライフハックといえるのかもしれません。


人事コンサルタント
金森秀晃

 

こんにちは。
人事コンサルタント・講師の三上絢愛です。
今日は金森社長のブログをジャックいたします。

リアクションが薄かったり、なにか思っていそうなのに自分の意見をなかなか言わない部下に対して、
「さすがにこの問いかけには返してくれるだろう…」
そう期待して伝えてみたのに、思ったような反応が返ってこない。

そんな瞬間、がっかりしたり、
「もうどうしたらいいのか…」と諦めたくなることはありませんか?


チームリーダーとして育成に携わるようになったばかりのころ、
今よりも未熟だった私はまさにその真っ只中でした。

当時、メンバーのひとりにリアクションの薄い部下がいました。
チーム全員で成果を出すためにも、もう少し相互理解を深めたいなと思い
いろいろと仮説を立ててアプローチを変えていたものの”塩対応”の日々でした(-_-;)

そんな日々が数か月ほど続いたころ、まだ模索中だった私は
仮説を立てて、いつもと違う伝え方で説明してみました。
感覚ですが”よし、これなら“承知しました。試してみます”って返ってくるはず”
と確信めいたものがあり内心ワクワクしていました。

でも返ってきたのは、いつも通りの
「はい~…」という何とも釈然としないリアクション・・・(><)

その瞬間、「あれ?なんでこんな反応なんだろう…」と
想定と違う反応に戸惑いと苛立ちが入り混じりました。

自分の未熟さゆえに招いていることかもしれないと思う一方で
部下を想定して準備したリアクションと違う反応が返ってくるたびに、
どう伝えればいいのか悩みすぎて、正直しんどくなっていました。

仕事も思うように進まず、他のメンバーのことも考えると
「伝えても響かないなら、もう自分でやった方が早いかも…」
そんな思いが頭をよぎることもありました。


そんな私の行動を大きく変えたのが、ある「視点転換」でした。

それは、代表からいわれた一言でした。

「仮説は“当てにいく”んじゃなくて、“壊しにいく”ものだよ」

この言葉に、私はハッとさせられました。

そもそも仮説を立てるのは、
「目指すゴールと現状のギャップを見つけて、次の一手を考えるため」。

なのに私はいつの間にか、
「一発で正解を出すこと」が目的になっていたんです。

「この伝え方なら、きっと伝わるはず」
「こう説明すれば、納得してくれるはず」

でも、現実はそう甘くない。
思い通りの反応が返ってこないと、ついイライラしてしまう。

気づけば、頭の中で“こう言えば、こう返ってくる”
という正解のシナリオを描いていたんですよね。
なので仮説と違う結果に対して”間違えた”と思い、がっかりしていたのかもしれません。

でも、「壊しにいく」というのは、
ギャップを発見し、柔軟に修正し続けることです。

こうなるとギャップは「上手くいかなかった事」ではなくて
「修正のための情報」に変わります。

「なるほど、そうじゃなかったんだ」と気づけたら、
次のアプローチを考えればいい。
むしろ、ズレが見えるからこそ、前に進めるんですよね。


そこで私は、仮説を立てたことで得られたギャップ(情報)を使って伝え方を工夫してみました。

私:「今の説明、どう感じた?やりにくそうなところある?」

すると部下は、
「実はちょっと不安で…」
「こういうやり方もあるのかなと思ってて…」
と話し始めたんです。

その瞬間、
“反応が薄い=やる気がない”  
という私の仮説は、見事に崩れました。

本当は、

不安があった

別案を考えていた

どう切り出せばいいか迷っていただけ

実は、そんなシンプルな理由だったんです。

この経験から私は、
“伝えたつもり”ではなく、“伝わるまで工夫する”  
という姿勢を持てるようになりました。

以前は「はい~…」だけだった部下が、
今では自分の考えを素直に話してくれるようになり、
コミュニケーションが格段にスムーズになりました。


もし今、
「部下と話がかみ合わない」
「どう伝えたらいいかわからない」
そんなお悩みを抱えている管理者の方がいらっしゃいましたら、
ぜひ一度ご相談ください。

一緒に“伝わる”コミュニケーションのヒントを見つけて、
部下と信頼関係を築きながら、チームの力を引き出すお手伝いができたら嬉しいです。


人事コンサルタント・講師
三上絢愛

 

2026年度診療報酬改定で、
看護職員の配置基準が一部柔軟化される方針が示されました。

「人手不足対策」と説明されていますが
これはまさに
「少人数で回る病院」と「人がいないと崩れる病院」の二極化が始まる、
そして後者は潰れてもいいと国が考えている、
ということを示していると思います。

看護職員の配置基準を緩和するということは
厚労省はすでに、
“十分な看護師がいる前提の制度”が
現実に合わなくなったと判断していることだと考えられますから、
“十分な安全性”よりも
現実的な“経営”に舵を切ったということです。

ニュアンスとしては
「このくらいの人員体制で安全に運営してください」から、
「一定の基準はクリアしつつ、なんとかまわしてください」
になったというイメージでしょうか。

そういう意味で、今後絶対的に必要になるのは
「コスト・プロフィット発想」です。
(コストパフォーマンスではありません!)

コスパ発想だと「人手が足りないから業務効率化だ!」となりそうなところなのですが、
業務効率化だけ推し進めても現場は疲弊するだけだったりします。

なぜなら、「今の仕事をより早く、より多く」というように現状の
延長線上で「少ない人数でもっと頑張る」というような発想になりがちだからです。

正直、今でさえかつかつで一生懸命頑張っているのに
人手不足なので効率化せよ!とお達しだけきても
現場はそれどころではないというのが本音でしょう。

だからこそ必要なのが 「コスト・プロフィット」の発想  です。

出すべきプロフィット(効果)とそのために使うコスト(手段)について考えるということなのですが・・・

・人数が減っても絶対に押さえなければならないポイントは何か?

というプロフィットについてきちんと設定し、

・仮に半分の人数で、そのプロフィットを出すとしたらどうすればよいか?

と考えるということです。

ちなみにこれは、実際に半分の人数でやるということではなくて、少し極端な発想をしておくと
「じゃあこれはロボットに」、「これは看護師ではなくコンシェルジュ部門を作ってそこに担ってもらおう」、
「そもそもそうなる前に気づくにはどうしたらいいだろう」、「これは外注してしまうのはどうか?」
などなど様々なコストのかけ方のアイディアがわいてくることから、このように考えることをお勧めしています。

その議論の過程で「あれ?そもそもこの業務いる?」
「そもそも人手不足なのに、そこまでのクオリティはいらなかったのでは?」
というような業務効率化も話題も自然と出てくるので、
業務効率化は勝手に進んでいきます。

配置基準の緩和は国が指針を示している部分ですから、
遅かれ早かれ全国の医療機関で
「いかにして少ない人材で患者の命を守るか?」
というような話になってくると思います。

抜き差しならない状態になる前に、ぜひ参考になさってみてください。

人事コンサルタント
金森秀晃

 

「こんなはずじゃなかった」、ではない人生にしたい。

こんな風に思われる方は珍しくないと思います。

でも、実は自分自身が無意識に毎日毎日
その方向に歩みを進めているとしたら・・・

すごく怖くありませんか?

多くの偉人たちによって語られてきたことですが
私たちの人生は、1回の大きくて重大な選択よりも、
日々の「小さな選択」の積み重ねの方によって形作られると言われています。
(それが結果的に重大な決断の勝率もあげるという意味においても)

・今日やろうと思っていたことを、
「忙しいから」と先送りする。

・本当は違和感を覚えているのに、
「波風を立てたくない」と飲み込む。

・自分の望みよりも、
「周りがどう思うか」を優先する。

一つひとつは小さくて、
その瞬間は極めて合理的な判断に見えるかもしれません。

でも、その選択が積み重なった先に、
ふと振り返ったとき、

「こんなはずじゃなかった」

そう感じる未来が
静かに形作られていくのです。

怖いのは、
大きく道を踏み外したわけではない、
むしろ“ちゃんとやってきたつもり”で
望まぬ未来に辿り着いてしまうこと。

では、どうすればよいか。

必要なのは、たった1つ。

「この選択で、私はどこへ向かっているのか?」

と自分に問いかける習慣です。

その問いを持つだけで、
無意識だった日常が、意識的な一歩へと変わるからです。

そして、
ほんの少しでも「あれ、これ違うぞ」と感じたときに、
小さく修正する勇気。

それが、
「こんなはずじゃなかった」と
後悔する人生ではなく、

「思い描いた通りではないけれど、
自分で選んできた道だった」

そう胸を張って言える人生へと
私たちを導いてくれるのだと思います。
これが本当の意味の「幸福感」と呼べるものではないでしょうか。

しかも、私は弱い自分に負け続けてもいいと思っています。
負け続けてもいいから、問い続けることが正解で、
問い続ける中で毎日少しずつ勝率を高めていけばよいのです。

そう考えると、人生を変えるためには
特別な才能や劇的な決断は全くいらないのかもしれませんよね。

私も道半ばですが、ブログを読んで頂いている皆さんも
ぜひ一緒に後悔のない人生を形作っていきましょう。

人事コンサルタント
金森秀晃

 

こんにちは!管理部の佐々木です。本日は私がブログをジャックします。
本やSNS等をみて、上手くいってそうな人をみて”自分もああなれたらなぁ”と思ったことはありませんか?
かといってあんなに寝食を忘れて没頭もできないし、べらぼうに物覚えがいい方でもないし、突出して何か才能があるわけでもない・・・

私は”もしかしたら何か世間に出てない、秘伝の飛び道具的なものがあるのだろうか・・・”と心のどこかでチラつくことがあります笑

今回は、このチラつきが学生との面談で希望に変わった気付きを共有したいと思います!
私はライフワークとして学生の就活相談を行っているのですが3月は本選考前に就活軸をもう一度見直したい、模擬面接をして欲しいなど多くの依頼をいただきます。

その学生(Aさんとします)の相談は”ガクチカの内容が弱いと言われたので修正したもののしっくりきていない”ということでした。
ガクチカに対してフィードバックを行い、使った感じを確認してもらおうと模擬面接を行いました。

模擬面接後、特に今後のAさんにとって特に必要だと感じた
・面接官から突っ込まれた時ほど絶好のチャンス(理由が説明できるから)
・自分が話すターンじゃない時が勝負という
二つを伝えました。

これは私自身がZACに入社後に、先輩方に口酸っぱく教えてもらったことを就活Verにアレンジしたものの一部でもあります。
Aさんは「はっ!そうですねなるほど!!目からウロコです!」と言いつつノートにメモを取りまくっていました。

最後の振り返りでAさんは「よく考えると確かに当たり前のことですね」と何度も言っていました。
私はこれを聞いて一瞬ですが落胆と納得が混じったような、なんとも言えない気持ちになりました。
なぜなら”結果を出すための秘伝の飛び道具的なものは、やっぱりないんだな”と気付かされたからです。

ですがその後に、安堵と納得が混じった気持ちがどんどん湧いてきました。
"自分のような凡人でも、当たり前を抑えれば自分次第で結果を作れる確率を高められるかもしれない"と感じたからです。

世の中にはライフハックが溢れていますし、私たちはどこかにもっといい方法があるんじゃないかと探してしまいがちです。
ですが”当たり前(基本)”をしっかりと尊重して行動することが、一見すると遠回りなようでいて実は近道なのかもしれませんね。
基本に忠実に、精進します!

 

先日、女性の生徒さんからこんなお話を伺いました。

「女って何を選んでもどこか後ろめたいんですよね。
結婚してもしなくても、仕事してもしなくても、
出産してもしなくても、介護してもしなくても、
何を選んでもなんとなく後ろめたさが残るんです。
なんとなくどこか社会から責められているような気がしてしまいます。」

この感覚は男性陣にはなかなか気づけない感覚ですが、
言われてみると確かにそうだなと思いました。

昔は昔でよりステレオタイプな感じの
これを選ばないといけないというようなモノが合ったと思うのですが、
今はどちらかというと全部選べると言われつつも
選んだら選んだで漠然と責められるように感じる
というイメージなのかもしれませんね。

結婚して、仕事を辞めて、子どもを育てていても、
「で、仕事はしないのか?」となり、
結婚して子どもを産んで仕事をしたらしたで、
「子育てを疎かにするのか?子どもがかわいそうだ!」となり、
独身でも結婚していても子どもを作らなければ
「子どもも生まずに自分のやりたいことを選ぶなんて」となり・・・
親の介護を自宅でせず施設に預けたら、
「冷たい女」といわれたり・・・

これは確かに男性ではあり得ない感覚です。
独身をいじられることはあっても、
子どもを作らないことを責められることなんてことは、あっても親御さんくらいでしょうし、
子どもがいてバリバリ仕事をするのも普通、むしろ好印象でしょう。
親の介護でよい施設を選んだら、
なんなら親孝行息子と言われるかもしれません。

これを思うと、女性はかなり精神的にハードモードですよね。

そしてこれはいわずもがな、
社会の構造の問題だと感じています。

女性にすべてを求めすぎですし、
精神的にもっと自由になってほしいと思います。
何を選んでも後ろめたい気持ちにならない社会にしていきたいと心から思います。

私が事業を起こした動機は、がんで亡くなった母親ですが、
母親の生きがいが僕ら息子たちだけでなく仕事にもあったら・・・
なんて思うと、そういう環境を整備したいという思いがわいてきます。

「少子化だから子どもを生んでもらわないと困るだろ!」
なんていう人もいますが、
社会全体で考えたらそれはそうかもしれませんが、
自分の人生を生きる女性一人ひとりには関係ない話です。

もし本当に困るなら(困ると思いますが)
先に安心して生める環境を作るべきですし、
自ら生み育てたいと思える環境を作らなければならないと思います。

大きな話になると政治の領域のお話でもあるのかなとは思いつつ、
それは働く環境という意味で、実業の中、
会社の中でも推進していくことはできます。

弊社には男性の社員も女性の社員もいますが、これは女性だけの問題ではありません。
男性社員にはパートナーとなる女性や身近な女性が後ろめたい気持ちがなく
自由に自分の人生を生きられるようにサポートしてあげてほしいし、
女性社員には何を選んでも後ろめたいことなんて一つもないということを伝えていきたいです。

とはいえ、しばらくはこうした葛藤は尽きないと思いますので、
以前やったようなキャリア女子会、男子会などのような場も設けて、
少しでも精神的なうしろめたさのようなものから
解放してあげたいなと考えています。

 


女子会、男子会もカウンセリングコミュニティCOAのサテライトとして
開催していく予定ですし、COAの中でも
そうしたお話をすることもあると思いますので、
興味のある方はぜひのぞいてみてください!

 


人事コンサルタント
金森秀晃