井上尚弥の背中で奮い立った平岡アンディ ラスベガス完勝で得た自信「世界は遠くない」

 
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ラスベガスのリングで大きな成長を示した平岡アンディ。危なげない完勝劇だった photograph by Getty Images

圧倒的な強さで井上尚弥の独壇場となった10月31日のラスベガス。そのアンダーカードに抜擢されたのが井上と同じジムに所属する平岡アンディだ。大橋秀行会長の期待も大きい24歳は、世界が注目するリングで大きな爪痕を残した。タイトル戦へ向けた野望を訊いた。


 2度目のラスベガスでも3度のダウンを奪っての完勝劇――。それでもリング上の平岡アンディ(24・大橋ジム)の表情に笑みはなかった。

「前回のラスベガス以来、約1年ぶりの試合にしては悪くなかったと思います。ただ、ここはあくまで通過点でしかない。2Rではいいパンチをもらってしまったのも課題です。もし世界戦のベルトを争うような相手であれば、あの一発で倒されていたかもしれませんから」

 米・トップランク社と契約する無冠の大器は試合後、勝利の喜びよりも近い未来の世界戦を見据えて課題から口を開いた。完璧主義者であり、向上心の塊。その姿勢はどこかジムの先輩である井上尚弥とも重なる。

大橋会長「もうね、持ってるモノが全然違う」

 現地時間10月31日、MGMグランド。井上尚弥のラスベガスデビュー戦のアンダーカードに抜擢されたアンディ(スーパーライト級)は、アメリカ人リッキー・エドワーズを寄せ付けなかった。意識して磨いてきたというジャブを効果的にちりばめ、4Rにはラッシュを浴びせてレフリーストップによるTKO勝利。この勝利でパーフェクトレコードを「16」に伸ばした。それでも、アンディにとってこの1年間はもどかしさを感じながらボクシングと向き合ってきた時間でもあった。

 今春に予定されていた井上尚弥の統一戦。そのアンダーカードにもアンディの試合が組まれることは当初から既定路線だった。トップランク社のCEOボブ・アラムがその才能に惚れ込み、アメリカでも受けいれられるであろう“倒す”ファイトスタイルに期待を寄せていたからだ。

 渡米前には大橋秀行会長もアンディについてこんな表現を用いていた。

「もうね、持ってるモノが全然違う。普通にキャリアを重ねれば世界チャンピオンになれる素材と見ているので。それだけに早くタイトル戦を組んであげたいんですが……」

 だが、周知の通り新型コロナウイルス蔓延の影響でボクシング界の時間は一時停止した。今年中に3、4戦こなすことで世界ランクを上げ、来年に世界チャンピオンのベルトを奪いにいく――。そんな陣営の青写真は根本から描き直しが必要となった。

父コジョ「国内で相手がいない」

 父であり、トレーナーであるガーナ系アメリカ人のジャスティス・コジョ氏もそんな状況に焦りを感じていたのかもしれない。技術的にも体力的にも成熟期を迎えつつある息子のキャリアについて、こう話していた。

「この1年で精神的なムラもなくなり、ボクサーとして1つ上のレベルに上がったと感じている。その反面、強くなりすぎて、国内ではなかなかタイトル戦を受けてくれる相手がいない、という現実には頭を悩ませていた。そんなタイミングでコロナが広がった。タイトル戦どころか、試合開催自体が難しい状況になってしまった。でも、それはみんな同じだから仕方ない。大切なのはこの時間でアンディが何をするか、ということだから」

黙々と練習を続ける井上尚弥

 プロボクサーにとって、興行の目処が立たないことほど恐ろしいことはない。アンディ自身は、「この状況だからこそポジティブに捉えました」と言うが、ジムにも満足に通えず、スパーリングパートナーも呼ぶことができないまま、モチベーションを維持することの難しさは容易に想像がつく。延期、延期を重ねたこの半年間の過ごし方についてこう振り返る。

「拳だけで食べていくという決意も込めて、次の試合後にバイト先を辞める予定でした。ただ、『このままボクシングが出来なくなるかもしれない』という不安もよぎり、続けさせてもらったんです。正直にいえば、7月頃までは気持ちを切らさずにやれていましたが、8月には『本当に試合が出来るのだろうか』と、どうしようもない不安に襲われましたよ。そんな精神状態でボクシングは出来ないので思い切ってトレーニングを休み、気分転換に近場に出かけたことがあったんです。僕の人生でもほとんど初めてというくらい、ボクシングから離れた時間でした。その小旅行がリフレッシュに繋がり、翌日には再び活力が戻ってきた。

 それにジムで尚弥さんを見ると、ツラいはずなのに全く表情に出さず、黙々と高いモチベーションで練習をしてるんです。その背中を見て、まだ予定が見えているだけ幸せで、試合ができないボクサーの方が多いということに考えが及ぶようになった。だからエドワーズ選手のプレッシャーというよりは、『周囲からの期待に応えないといけない』『日本を代表して来ているから下手な試合はできない』という責任感のようなものは頭にありましたね」

重要視した基礎トレと反復作業

 自粛期間中は朝にランニング、夜に自主トレをこなしたが練習メニューはかなり限定されたのも事実だ。渡米の直前でも、スパーリングパートナーはジム内の選手のみ。試合開始前日にはホテルでの隔離生活が義務付けられるなど、ボクサーとして初物づくしの難しい調整過程を経験した。

 そんな中でアンディが重要視したのは基礎トレーニングだった。実戦形式の練習が難しい状況だからこそ、パンチのタイミングや角度を分析して見つめ直し、脳内のイメージを上書きしていく。武器である独特な角度から放たれるアッパーを活かすため、右ジャブや左ストレートの精度を上げる地道な反復作業も徹底的に行ったという。

「パンチの感覚が今までと全く変わっていた」

 その効果は、エドワーズ戦でも顕著に現れていたといえる。試合を通して綺麗なクリーンヒットがタイミングよく何発も入ったわけではないが、ガードの上から叩く強引な着弾でグラつかせる場面が目立った。

「自分でも不思議でしたが、パンチの感覚が今までと全く変わっていたんです。そこまで強く打っているわけではないのに、明らかに効いており頭の中でギャップが生じた。倒した時も『あれ、これで倒せちゃうのか。おかしいな』と思っていたくらいで。結果的にいえばコロナという特殊な状況にあったからこそ武器を磨く時間が生まれ、強くなれた面もある。想定以上にパンチが重くなっていたことにも試合後に気づきました」

ロマチェンコを破った23歳ロペス

 アンディがラスベガスでの連勝にも大きな喜びを表さなかったのは、高い頂きにいる強豪を標的として据えていることも理由の1つだ。渡米の1週間前に観た、ライト級3階級王者のワシル・ロマチェンコと、IBF王者テオフィモ・ロペスの一戦はアンディにとって印象的なものだった。大差の判定には疑惑も生じたが、世界最強との呼び声もあるロマチェンコを、23歳の新星ロペスが破ったことで、中量級戦線はより混戦模様となっていくことが想定される。

「ロペスは年も階級も1つ違い。将来的に戦いたい相手であることは間違いないです。当然意識して試合を観ていました。ただ、ロペスもロマチェンコにしても届かない相手とは全く思わなかった。むしろ世界は遠くないと、自信が深まり刺激も受けた。ラスベガスの試合まで、自分のボクシングは完成に近づいていると思っていましたが、まだまだ余白があることを再確認できた。自分がイメージする理想の完成形に近づいていけば、自ずと彼らと戦える立ち位置にいるはずだ、という確信のようなものも感じていますね」

 海外での試合も複数経験し、「今ならアメリカのどこでやっても緊張することもなく、平常心で戦えます」と話す強心臓は、気弱と揶揄された以前のアンディとは異なり、頼もしさすら感じさせる変貌ぶりだ。

 陣営によれば、次戦はWBOアジアパシフィック王者、東洋太平洋王者なども視野に入れたタイトル戦を想定しているという。聖地で確かな爪痕を残したアンディが、より大きな舞台のリング上で、心からの笑顔を見せる日もそう遠い未来ではない気がしている。

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(「ボクシングPRESS」栗田シメイ = 文)