JH2(JAPAN HISTORICS2)日本ヒストリックス2 日産ブルーバード510
ブルーバードは特に思い入れが無いのでコメントありません
開封してみたらタイヤがこんなになってました((笑))
wikipediaにはこんな感じで書かれています。
3代目 510型系(1967年 - 1972年)[編集]
| ダットサン・ブルーバード(3代目) 510型系 |
|
|---|---|
|
クーペ 1600 SSS
(KP510型) 4ドアセダン 1400デラックス
(610型系と併売期のN510型) 4ドアセダン 1800 SSS
|
|
| 販売期間 | 1967年8月 - 1972年12月生産終了 |
| 設計統括 | 太田昇 |
| デザイン | 内野輝夫 |
| 乗車定員 | 5人 |
| ボディタイプ | 2/4ドアセダン /2ドアクーペ ワゴン/バン |
| エンジン | 1.3/1.4/1.6/1.8L 直4 SOHC |
| 駆動方式 | FR |
| 変速機 | 3速AT 4速 / 3速MT |
| サスペンション | 前:マクファーソンストラットコイル 後:セミトレーリングアームコイル |
| 全長 | 4,095mm |
| 全幅 | 1,560mm |
| 全高 | 1,420mm |
| ホイールベース | 2,420mm |
| 車両重量 | 945kg |
| ブレーキ | 前:ディスクブレーキディスク 後:ドラム |
| データモデル | 4ドアセダン 1800SSS 4速MT(後期型) |
| -自動車のスペック表- | |
ブルーバードの歴代シリーズの中で後の910型と共に、大きな成功を収めたモデルである。1966年にはダットサンのエントリーモデルとして、1.0Lクラスの大衆車、ダットサン・サニーが発売されていたことから、ブルーバードは1.3L以上の中級モデルとして上位移行し、ボディは大型化された。当初のボディタイプは2ドア / 4ドアセダン、4ドアワゴン / 4ドアバンの4種類。社内デザイナーによる「スーパーソニックライン」と称する、直線的で彫りの深いシャープなデザインとなった。従来装備されていたフロントドアガラスの三角窓は、換気装置の強化により省略された。
メカニズムは、オースチンの影響が強かった410系までに比べて一新されている。後にスカイラインやフェアレディZに搭載されるようになるL型と呼ばれる新開発のエンジン水冷直列4気筒 SOHCのL型(『絶版日本車カタログ』三推社・講談社、41頁参照)を搭載しており、量販モデルである1.3LのL13型と、上級モデルとして1.6LのL16型を積んだ「SSS(スーパー・スポーツ・セダン)」のラインアップだった。サスペンションは日産初の四輪独立懸架(フロント:マクファーソン・ストラット、リア:セミトレーリングアーム[注釈 6])を採用。セミトレーリングアームのドライブシャフト伸縮には直前に日産と合併されていたプリンス自動車が「グロリア」後輪のドディオンアクスルに使用していた「ボール・スプライン」の技術を利用している。
日本国内では他社に先駆けた先進的設計と斬新なスタイリングをアピールし、オーソドックスな後輪車軸懸架構造ながらデラックスな装備を売りにするトヨペット・コロナとの「BC戦争」を競り合った。日本国外では、廉価でありながら欧州車並みに高度なスペックを備えた魅力的なセダンとして「プアマンズ・BMW」との評を得、ラリーフィールドでのタフネスな活躍ぶりとも相まって人気を高め、史上初めて北米市場でヒットした日本車となった。当時の米国では高校生が初めて乗るクルマとして人気を博し、その世代の米国人にとっては思い出深いクルマだという。続いて開発された初代フェアレディZと共に、北米輸出市場における日産(ダットサン)の躍進を実現した存在といえる。
- 1967年8月15日 - 発売[2]。
- 1968年10月 - マイナーチェンジでワイパーピボット位置、フロントグリル、リアコンビネーションランプ、SSSの砲弾型フェンダーミラー形状を変更。直列4気筒SOHC L16型(1595cc)搭載モデル「ダイナミックシリーズ」を追加。DXに4速マニュアルフロアシフト車追加。
- 1968年11月 - コロナハードトップに対抗した2ドアクーペを追加。本車種のクーペとしては最初で最後の3連リレー式ウインカー(「流れる」テール)が採用される。
- 1969年9月 - 一部改良。北米の安全基準に合わせ、衝撃吸収ダッシュボードを採用、インパネ形状も変更[3]。ラジオアンテナはAピラーへ移動。
- 1970年9月 - 一部改良。フロントグリル、リアコンビネーションランプ[注釈 7]を再度変更[3]。直列4気筒SOHC L18型 (1770cc) を搭載した1800SSS発売。1.3L → 1.4Lへ拡大。4ドアセダンGLを追加。
- 1971年9月 - ブルーバードU(610型系)の発表に伴い車種整理。1800cc車とクーペを廃止、セダン1.4L/1.6Lの廉価グレードがメインとなり、「幸せの1400」のCMキャッチフレーズで610型系との併売へ。グリル周りは樹脂パーツを多用して610型系と類似したいかついデザインに変更された。テールランプとウインカーが独立したタイプを選ぶことができるようになった。最終期にはスモールランプも独立した。SSSは出力強化(100馬力 → 105馬力)、フェンダーミラーのブラック化、革巻き風ステアリングの採用なども実施[3]。この時期に至っても市場からの人気は高かった。
- 1972年12月 - 510型系生産終了。
- モータースポーツ
- 1969年 - メキシカン1000マイルラリー(現行のラリー「バハ1000」の前身)でピート・ブロック/ボブ・ライアン組の510が総合4位入賞。ゼッケン89の同車はラリー終盤で右前輪ストラットのショックアブソーバーがボンネット上へ突き抜けるアクシデントがあったが、上位完走してタフネスさを証明した。
- 1970年 - 「第18回東アフリカサファリラリー」にて総合・チーム優勝の2冠達成。「ラリーの日産」のイメージを確立する。石原プロモーションにより映画『栄光への5000キロ』が制作される。なお、この映画の撮影は1969年の17回サファリの際に行われ、ゼッケン90番のロケ車が実際のラリーに出走、総合5位に入賞した。ドライバーは18,19回優勝者のハーマン/シュラー組である.これは、このロケ車での活躍を日産ワークスが評価して起用したものである。
JH2(JAPAN HISTORICS2)日本ヒストリックス2 日産ローレル2000SGX
昨日、購入してきたHW(ホットウィール)の紹介です。
初めに紹介するのはNISSAN LAUREL 2000SGXです。
通称 豚けつとか豚尻と言われているヤツです。
JH2の中では1番好きな車種ですし、おもいでもあるヤツです。
私には、ドンピシャな世代で先輩がこのローレルをヒップアップして街中をバリバリに走っていました。
フロントライトは丸4灯を角2灯の怒った顔仕様にしていました。
ブリスター開封していない状態の画像です。
開封後の画像です。
少しだけリアルな事を書くと当時はGReddyのステッカーを貼っている方ははまだいなかったと思います。
ホイールも4本スポークよりもハヤシレーシングの8本スポークやRSワタナベが主流だったと思います。
(個人的にはハヤシの弥生スポークが印象に残っています)
━─━─━─━─━─
追記です
━─━─━─━─━─
後で紹介するマツダRX-3の履いているホイールをローレルに移植してみました。
急いでやったので粗探しはしないで下さい。
ノーマルホイール画像
開封した後のブリスターのイラストも俺のケツでも見やがれ!!的な描かれ方がされていてかっこいいです。
以下はwikipediaに書かれている内容です。
2代目 C130型系(1972年 - 1977年)
| 日産・ローレル(2代目 C130型系 |
|
|---|---|
|
2ドアハードトップ2000SGX
|
|
| 販売期間 | 1972年4月 - 1977年1月 |
| 乗車定員 | 5人 |
| ボディタイプ | 4ドアセダン 2ドアハードトップ |
| エンジン | 直6 2.8/2.6/2.0L 直4 2.0/1.8L |
| 駆動方式 | FR |
| 変速機 | 3速AT 5速 / 4速MT |
| サスペンション | 前:マクファーソンストラット 後:セミトレーリングアーム / 半楕円リーフリジッド |
| 全長 | 4,500mm |
| 全幅 | 1,670mm |
| 全高 | 1,415mm |
| ホイールベース | 2,670mm |
| 車両重量 | 1,155kg |
| ブレーキ | 前:ディスク 後:ドラム |
| 最高速度 | 175km/h (セダン1800 GX-6 4速MT) |
| -自動車のスペック表- | |
- 1972年4月 - C130型にモデルチェンジ。ボディバリエーションは4ドアセダンと2ドアハードトップ。ハードトップは、リアバンパーにビルトインされたリアコンビランプを持つ。プラットフォームはC110型スカイラインと共通で、この代以降スカイラインと基本設計が共通化される。ハードトップはボディー外板(塗装面)に燈火類が無い特徴的なリアスタイルから、『ブタケツ』という愛称がある。また現在でも旧車雑誌に取り上げられるほど人気が高く、一部中古市場において高値で取引されている。エンジンのバリエーションは、これまでのG18型、G20型、G20型SUツインキャブに加え、初搭載となる SOHC 直列6気筒のL20型 (1.998 cc) 、およびL20型SUツインキャブ(レギュラー/ハイオク)が加わり、3機種5仕様となる。なお、G20型SUツインキャブ仕様は前期「2000GX」にのみ搭載された。
- 1973年10月 - マイナーチェンジ。ローレル初の3ナンバー車となる、直列6気筒 SOHC L26型エンジン (2,565 cc) を搭載する「2600SGL」を追加。セダンではグリルの模様から「ガメラローレル」の愛称も生まれた。
- 1975年9月 - 昭和50年排出ガス規制に対応するため、L26型エンジンを2.8 L のL28型へ変更。
- 1975年10月 - 1.8 L および2.0 L が昭和50年排出ガス規制に適合。燃料供給をEGIに変更したL20E型エンジン搭載車を追加。排出ガス規制の困難な2.0 L のツインキャブ車(6気筒、4気筒共に)と4気筒 2.0 L 車[注釈 1](G20エンジン搭載車)は廃止され、4気筒エンジンはL18に集約された。
- 1976年2月 - L20E型エンジンが昭和51年排出ガス規制に適合。6月、1.8 L および2.0 L キャブレター仕様が昭和51年排出ガス規制に適合。






















































