🎵🎼デンマークの話🍕🎯
デンマークは欧州北部の小国で
す。
面積は北海道の半分、九州より少し小さいくらいの国です。
今の人口は、北海道と同じくらいの約560万人。
人口当たりのGDPは、日本の約2倍なんです。
このデンマークは、どのようにして、この富を得たのか?
産業は主に、牧場と家畜と、樅(もみ)と白樺との森林、沿岸の漁業。
特に、乳製品が有名です。
さらに近年は、北海油田の開発があり、農業の効率のよさも有名になってます。
そのデンマークですが、
150年前は、ドイツ(プロイセン)との戦争で敗れ、シュレスヴィヒ州と、ホルシュタイン州を割譲し、失意のどん底にありました。
シュレスヴィヒ・ホルシュタインは、デンマークの中でも最良の土地。
ただでさえ、少ない領土、それも最良の部分を持ち去られた国が、どう立ち直ったか?
その立役者は、
一人の工兵士官「ダルカス」。
戦争中に、彼が密かに考え、研究していた、国家回復の策。
これが、現実となったのです。
荒漠のユトランドを、沃饒の地と化す大計画。
ユトランドの地は、デンマークの半分以上であります。
その三分の一が、不毛の地だったのです。
その不毛の地は、人間の無謀と怠惰により、なったものでした。
敗戦当時の800年前の昔には、もさもさ繁茂する良き林がありました。
200年前までは所々に槲(かしわ)の林がありました。
文明が進むと、人の欲はますます増進し、
土地より取ることを急にして、これに酬いることに緩であったため、
50年前には、憐れな状態になったのでした。
最初、ダルカスは、
土地に溝を造って、水を注ぎ、
ヒュースという雑草を取り、
代わりに、
ジャガイモ、牧草を植えました。
このことは、比較的簡単に成功することができました。
しかし、
荒地に樹を植えることが、大変な難題だったのです。
ユトランドの荒地に適し、
そこで生育して、栄えを顕す樹があるのか?
ダルカスは、研究に研究を重ねました。
思いあたったのは、ノルウェーの樅(もみ)でした。
しかし、実際、試してみると、
生えは生えますが、数年のうちに枯れてしまいました。
さらに研究を続けて、
閃いたのは、アルプス産の小樅(こもみ)でした。
これを、
ノルウェー産の樅の間に植えてみました。
すると、両種の樅は相ならんで成長し、
年を経ても枯れなかったのです。
大問題は解けました。
ここに希望が現れたのです。
しかし、
問題は残りました。
それは、樅は、ある程度まで成長するのですが、
それで成長を止めてしまったのです。
枯れることは、アルプス産の小樅で防ぐことはできたのですが、
永久の成長は、しなかったのです。
農夫は、ダルカスに迫りました。
「木材を取れる樹を与えよ」と。
しかし、
閃きは、彼に訪れず、
彼の息子に訪れたのでした。
彼の息子フレデリック・ダルカスは言いました。
「大樅がある程度以上成長しないのは、
小樅をいつまでも大樅のそばに生やしておくからである。
もしある時期に達して小樅を切り払ってしまうならば、
大樅は独り土地を占領してその成長を続けるであろう」と。
しかして、その通り試してみると、その通りだったのです。
小樅はある程度まで大樅の成長を促す能力を持っておりますが、
その程度に達すれば、かえってこれらを妨げるものであると。
この発見は、絶大でした。
これより後、
ユトランドの各地に、鬱蒼とした樅の林を見るようになったのです。
植林の効果は、木材の収穫に止まりません。
樹木のない土地は、熱しやすく冷めやすい。
以前のユトランドは、夏は非常に暑く、夜は、時に霜(しも)をみました。
そのため、収穫の期待できる作物は、
ジャガイモ、黒麦、その他、少数のものに過ぎませんでした。
それが、
植林の成功で、夏の降霜がなくなり、
ヨーロッパ各地で栽培されているものが、収穫できるようになったのです。
植林により、国は一変しました。
廃れた町に再び市場が起こり、地価が上がりました。
道ができ、鉄道が通りました。
すでに失いしシュレスヴィヒ・ホルシュタインとは、
今日すでに償われて、余りある状態になったのです。
多くの効果の中で
最も尊きものは、
国民の精神でした。
植林の成功で
国民の失望は、希望に変わったのです。
他の土地を奪うのでなく、己の土地を改造して。
立ち直ったのです。
以上。
デンマークの土地改良の話は、たくさんあるそうですが、
ここでは、長くなるのでしません。
でも、これ、
いい話でしょ。(^_-)-☆