シンクロニシティ~番外編・これは“虫の知らせ”なのか?~ | そろソロ一歩

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ブログタイトルの“そろソロ一歩”とは、遅ればせながら人生の再スタートで一歩を踏み出そうという気持ちを込めました。
そして、日頃単独行動が多いため「単独=ソロ」という意味合いもあります。

書こうとして忘れたまま放置してしまった「シンクロニシティ」ネタ(^_^;)


まあ、別に誰も期待しているわけでもないと思うので書かなくてもいいかと思うが、完全に記憶の彼方に埋没してしまう前に書き記しておこう。


さて、「シンクロニシティ・私的【レベル4】」の話をする前に、私の身に起こった不思議な体験を紹介したい。

これはシンクロニシティと言うより、いわゆる“虫の知らせ”と言うものに近いかもしれない。

家族に話しても誰も信じてくれなかったが、今から話すことは紛れもない“事実”である。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


数年前のある日、私は仕事の打ち合わせでその会社のある隣町に電車で向かった。

昼頃に最寄駅に着き、駅の階段を下っているその時である。


「イテテッ!!」


突然、左ひざ関節付近の外側に激痛が走った(>_<)


「な、何なんだ!?この痛みは!!??」


痛さでしばらくその場を動けず、ただ耐えるしかなかった。

これはマズイことになったな‥、と仕事の事よりもこの激痛が何なのか不安で仕方がない。

ただ、痛みはあっても何とか歩くことはできた。

とにかく左足をかばいながら、一歩づつ慎重に階段を下りていく。


すると不思議なことに、数分後にはウソのように痛みは引いていった。

それでもまた痛み出す可能性もないとも限らない。

左足を気にしながら会社まで15分ほどの道のりを歩くが、幸い痛みが再発することはなかったので、とりあえず安堵した。


それにしても、痛みの原因もそうだが、それ以上に不思議なのは痛みの“質”である。

普通なら歩いている最中にひざが痛くなる場合、無理な運動などで余計な力が加わるとかの“内的”な要因で起こる場合が多い。


しかし、今回の痛みはそうしたものとはまったく異なった。

明らかに“外的”なものと思われる痛み方だったのだ。

つまり、転んで何か固いものにぶつけたとか、他人から棒の様なもので叩かれたとか、そんな痛みだったのである。


左ひざが痛む直前、私は無理に階段を駆け下りたりせず、普通のペースで淡々と下っていた。

もちろん転倒などするハズもない。


また、この駅は郊外の閑静な住宅街にあり、昼間は利用者がほとんどいないローカル駅である。

激痛が起こった瞬間も周囲に人はいなかった。

周囲で工事をなどもしておらず、何か物が飛んできてぶつかったわけでもない。

つまり、人的にも物的にも私に危害を加えられる状況はあり得なかった。


「一体、あの痛みは何だったのか‥?」


仕事の打ち合わせ中もそのことが気になっていた。

しかし、それ以降はあの謎の痛みが出ることはなく、出帰宅する頃にはそんなことなど忘れかけていた。


だが、その日の夕方、驚愕の出来事が私を待っていた。


家で仕事をしていると、玄関が何やら騒々しい。

どうやらプールに通っていた小学校低学年の上の姪っ子と妹(姪っ子の母)が帰ってきたらしい。

しかし、2人とも大声で何かを叫んでいて、いつもと明らかに様子が違う。


「何があった!?」


慌てて玄関に出てみると、そこには大声を上げて泣きじゃくる姪っ子と、その横には顔面蒼白で立っている妹の姿があった。


いったい何があったのか尋ねると、妹は半べそをかきながら、自転車の後部座席に姪っ子を乗せて帰る途中で転倒したと言う。

姪っ子はその際に足を強く打ちつけたらしい。


「もしからしたら、骨が折れているかもしれない‥。」


妹はかなり気が動転していた。

「まあ落ち着け」と2人をなだめ、足のどこを打ったのかを確認する私。

そして姪っ子が泣きながら打った箇所を告げた時、私は体が一瞬硬直した。


「‥これは、まさか?!」


そう、昼間、仕事の打ち合わせに向かう途中の駅の階段で起きた、あの謎の激痛に襲われた箇所‥。

左ひざ関節の外側とまったく同じだったのだ( ̄□ ̄;)!!


どうやら骨折はなさそうだが、念のために病院で診てもらったところ打撲とのこと。

家族一同、ホッと胸をなでおろした。


しかし、これは単なる偶然なのだろうか?

どうも引っかかって仕方がないのである。

まず、私に起きたあの激痛があり得ない状況で起こっている。


「ひょっとして“虫の知らせ”みたいなものか?」


“虫の知らせ”みたいな現象は、身内や友人などお互いが近しい関係で、なおかつその新密度が深いほど起こりやすいらしい。

実は当時、上の姪っ子は私によく懐いていた。

父親(義弟)は仕事が忙しくてほとんど家にいることがなく、在宅で仕事をしている私は姪っ子にとって父親代わりのような存在だった。


さらに、姪っ子はいたずら盛りで、妹からは毎日のように叱られていた。

それに対して私は一緒に遊んだり、お菓子などを買い与えたりと、姪っ子に対してかなり甘かった。

言うなら、上の姪っ子にとって当時の我が家では、私が最大の味方だったのである。


そうした互いの結びつきの強さゆえなのだろうか。

今思い返しても、あの出来事は姪っ子の災難をあのような形で事前に知らせてくれたとしか思えないのだ。


そんな上の姪っ子も今は小学6年生。

最近は私と会話したり遊んだりする機会がめっきり少なくなってしまった。

そろそろ思春期の年頃なので、寂しいが仕方のないことだろう。


その姪っ子は今、バスケットボールに夢中。

実は今年の初め、試合中に両腕を骨折する大ケガをしてしまった。

しかし、その前に“虫の知らせ”のような、私の身に何かが起こるとういうことはまったくなかった。


それは、私と姪っ子との関係は疎遠になりつつあるということを意味するのかもしれない。