田舎生活も24日目を迎えた。毎日何をやっているかと言えば、食器洗い、洗濯、窓ふき、網戸の張り替え、本の整理、風呂炊きなどで時間が過ぎていく。頼まれていた仕事もしなければならないが、一度、仕事モードのスイッチが切れてしまうと、元に戻すのが大変。だから、仕事モードにするために、本を読んでいるのだが、これも飽きてきて、といった具合である。

 

ジャーナリストが田舎でできることといったら、何があるのだろうか。

 

わが家へ経費節約のため、テレビはないし、新聞もとっていない。唯一、情報関係の入手先は、雑誌「選択」である。

そんな状況だから、ブログに書くネタもそうそうあるわけではない。

 

内の津令は自分の部屋にこもってピアノを弾いたり、音楽を聴いたりして、満足している。あるいは月を長めながら、星をみながら、感想を述べる。そんなことは道でもいいと思いながら、私は相づちをうつ。

 

そんな毎日から抜け出さなければならないと考えているのが、どうしたものか。

東京へ帰りたい。

 

東京から島根県大田市に移住して、今日で21日め。相変わらず、町中には人がいない。静かだといえばそうだが、これが町なのか、と思ってしまう。過疎だ、間違いなく過疎地だ。

 

昨日、町のなかを少しばかり歩いてみた。そうしたら、空き家の何と多いことか、あらためて実感した。私の住む夕永地区はそうでもないのだが、友人が住む本町地区は空き家だらけ。空き家を使った町おこし、といったレベルではない。

 

この田舎町で必ず最初に聞かれるのが、「車ある?」「免許は持っている?」だ。

 

わが家はくるまないが、ふたりとも自動車免許は持っている。私はそのほかに自動二輪の免許も持っている。しかし、乗るべきものがない。買う余裕がないのが実情だ。引っ越しや家の修理などで散財した結果、貯金が底をつきそうなのだ。

 

ところで、ジャーナリストとして、田舎でどんな活動をしていくのか。それを今、簿作中だ。焦りは禁物だと思っているが、そろそろ、物書きとしての仕事をしないと、感覚が鈍ってしまいそうだ。

 

また、蔵書の整理も残っている。

東京にいたときに、こんなにも多くの書籍を購入したのか。もっと節約をして貯金に回しておけば良かったかな、と思ったりしているが、後の祭りである。

 

人生、あまり後悔はしたくない。棺桶に片足を突っ込んだ今となっては、残りの人生を以下に充実したモノにするか、楽しいモノにするか、それが大事だと思っているが、どうなることやら。

 

 ジャーナリストの田舎暮らしというのは、まるで丘にあがったカッパみたいなものかもしれない。取材を依頼されても、田舎では取材先が見あたらない。企業取材といっても地場産業の取材などあるわけがない。おインターネットでライター募集の記事を見るけど、田舎にいては対応できない。いかに利ボートで仕事をしようと思っても、現実はそううまくはいかない。

 

だが、焦っても仕方がない。いかに国民年金だけの収入で生活を維持するかを考えたら、節約第1である。贅沢はできない。

 

何しろ、ここは過疎地の島根県でも、過疎の代表のような町である。しかし、それが私のふるさとだから、町おこしでもやるかと思っても、帰ったばかりなので町内の事情がまだわからない。ここはじっくり情報収集から始めるべきかと思っている。

 

しかし、東京は便利なところだとつくづく実感する。

できたら、東京にもう一度、帰りたい。

 

 

 2019年8月7日、東京から実家のある島根県に連れ合いと二人で移住した。どんな生活が待っているやらと期待半分、不安半分の田舎生活のスタートだった。この地に古くから住む私の友だちが言う。「車がないと不便だぞ」。確かに層かもしれない。

 

 何しろ、移住したふるさとは何も内。空き家ばかりが増えて、店もほとんどなく、農協と1軒の食料品店しか存在しない。スーパーは隣の町に1軒あるだけ。しかも、車がないわが家は、歩いていくほかはなく、そのスーパーまで25分前後かかる。もっといろいろなものを買うためには、列車で15分前後かから大田市まで出かけなければならない。しかも、列車の本数は1時間に1本。時間帯によってはまったく列車が走らない時間帯もある。

 

 東京の便利な生活に慣れ親しんだ身としては、こんな生活、やっていけるのか、不安になってくる。だって、収入は国民年金だけなのだ。実家の生活では、冷蔵庫も必要だから購入した。洗濯機が壊れて、これも購入せざるを得ない。出費ばかり多くなってどうしたらいいのかと、不安になってくる。

 

 もう東京に戻りたい。そんな気持ちが日々、強くなっていく。東京は西のはずれである羽村市に住んでいた。何もないところだが、わがふるさとと比べると、便利この上ないことを痛感した。

 

 こちらは書店がない。100円ショップもない。電池一つ買うにも、列車に乗るしかない。なんて不便な町なのだ。車がないと。何しろ、駅までの約2キロあまりの道を、歩いている大人がいない。まったく見ない。車が見かけるが。まるでゴーストタウンにきたようだ。

 

 でもまあ、自分が選んだのだから、ここで当分、生活をするしかない。そんな田舎生活の日々をこれから綴っていく予定である。

現在、私は、仕事もなく、毎日暇を持て余している。というのは、これまで書いてきたサイト「エムトレ」の顧問契約が切れて、書く仕事が全くなくなってしまったからである。おまけに、社史の仕事も原稿を書き終わって一段落し、毎日、することがなくなってしまった。長いこと、フリーランスのライターをやってきたが、こんな空白期は初めてである。

 

まあ、歳もいい加減いっているし、いまさらジタバタ仕事をする必要もないのだが、でも、年金だけでは心もとないのは確かだ。だから、いま、求人サイトでライター募集を見つけては、応募しているのだが、なかなかこれという仕事がない。

 

外国為替証拠金取引、いわゆるFXの専門誌の編集長を2008年から2016年1月まで務めた後、仮想通貨やブロックチェーン、フィンテック、FXのポータルサイトである「エムトレ」で、取材、執筆を始めたのが、2016年3月のことで、契約が切れたのが2019年3月のことだから、まる3年、「エムトレ」で原稿を書いていたことになる。

 

しかし、仮想通貨(現在は、暗号資産と呼称という)は、どこまで信用できるかが私にとって問題で、なかなか、手を出す気にはなれない。先見の明がある人は、億万という財産をきずいている者が多いらしいが、これが通貨として、定着するかは未知数だ。facebookが暗号資産を発行するという記事が新聞にのったが、その記事によって暗号資産が見直され、世の中に一気に広まるかもしれないが、私は手を出す気にはなれない。

 

ブロックチェーンにしてもそうだ。素晴らしい技術だとは思うが、皆が言うほど万全なものではなく、ふつうのデータベースと大きく異なるのは何か、どんなことに利用できるのがはっきりしていない。猫も杓子もブロックチェーン、ブロクチェーンといって、これもあれもブロックチェーン技術を使っていれば、ある種の信用が得られるような錯覚を世の中に与えているようだが、わざわざブロックチェーンを利用してなくても十分に機能するのに、ブロックチェーンを打ち出しているものが多いように見受ける。

 

ブロックチェーンを技術を教える学校も盛況だが、本当にこれは役に立つのが、商売になるのか、まだまだ疑問である。

でも、興味があるので、この問題は追っていこうと思っている。

今の私の課題は、自分でホームページを作ることだ。

 

ではまた。