先日、久しぶりに弟家族がうち(実家)へきました。
その時、弟の奥さんが話していたことで
僕自身の小学生時代を思い出すことがあったので
今日はそのことを書きたいと思います。
その日、うちへ来る前に
商店街のような場所を弟家族が歩いていたら
小学5年生の息子(A)がそわそわし始めたらしいのです。
前からAの同級生の女の子2人組がやってきたからです。
すれ違いざま、Aはそっけなく「よぉ」と言って
すたすた歩いて行った、ということです。
「恥ずかしがっちゃって、お年頃なのね」と
弟の奥さんは母親目線で言っていましたが、
僕はAの気持ちが痛いほどわかりすぎる。
まったく同じ思い出があるからです。
僕が小学6年生の時、
家の近くのホームセンターの前で
同級生女子たちとバッタリ出くわしたことがありました。
こういう時、こっちも同級生の男たちと一緒にいるなら
大丈夫なのです。
学校で会ってるのと同じだから。
また、こっちが親と一緒でも
向こうも親と一緒のケースなら
まだ耐えらえれる。
お互い負い目がある者同士だからです。
しかしその時は、こちらが親と一緒で、
向こうの女子たちは同級生グループだったのです。
「あ、おかひでおだ」
(なぜかフルネームで)自分の名前が呼ばれて
振り返ると、彼女たちがいました。
10代前半の時期なら誰でもあると思うのですが、
とにかく親といるところを見られるのが
死ぬほど恥ずかしい。
一刻も早くその場を立ち去りたかった僕は
挙動不審だと思われてもかわまないので
不自然に目を上や下や右や左にやり、
彼女たちと目を合わせないようにして、
無視して歩きました。
が、僕がそんな気持ちでいることを
知ってか知らずか、
こともあろうに、母親が
「あら、どうも~、こんにちは~」
とか言って、女たちとコミュニケーションを
はかり始めたのです。
こっちは親といるところを見られて
ただでさえ死にたい気分なのに
会話し出す母。
同級生の女たちは僕の母が
話かけてきてること自体にウケてるようで
クスクス笑ってる。
「おいおい、笑われてんのがわかんねぇのか、
このクソババァ、お前殺すぞ」
と言いたかったけれど、
それを言うと恥ずかしがってることが
みんなにバレるので言うこともできず。
グッとうつむいてこらえる。
母が喋ってる間、
僕は露骨に不機嫌そうな顔をしてました。
「それじゃあね」と母が言って
女子たちと別れると
「なにブスっとしてるの、
ちゃんとあいさつぐらいしなさいよ」
え?俺が悪いことになってるの?
お前らが今ここに存在してることが原因で
俺が不機嫌になってるんですけど。
これも口には出しませんでしたが
今でもあの時のことを思い出すと
油汗が出てきます。
あれから30年経ち、僕も大人になりました。
今にして思えば、親も親なら
僕も僕だったと思います。
でも、10代前半のころ、
親と一緒にいるところを絶対に見られたくない感情は
誰でも経験しているはず。
なのになぜ人は親になると
その頃の気持ちを忘れてしまうのでしょうか。
10代の頃の考えや気持ちが、
やがて上塗りされ、修正され、
親である今の気持ちの方が
正しいと思っているフシがあるのはなぜなんだろう。
人間の感情というのは
足し算なのか引き算なのか。
私は10代も20代も30代も経験している。
その上で「子供が親と一緒にいることは恥ずかしくない」と
思っている。
だから「恥ずかしくない」が正解。
あなたは10代しか経験していないでしょ。
だからまだわからないだけ。
あなたも大人になればわかる。
という足し算の論理が
幅をきかせている気がしますが
なんか納得できてない自分がいます。
少年、少女時代の感性を
どこかに置き忘れてきた連中ほど
平気で親になろうとする、
という僕の考えは偏見なんだろうか。
弟の息子Aはそっけなくだけど、
女子に「よぉ」と声をかけたそうです。
僕からしたらそれだけでも
十分すぎるほど大人な対応をしたと思います。
今度、Aをほめてやろう。