最近、やや更新頻度高めです。

 

 

今日は近況報告。

 

 

基本は引き続き勉強しているのですが

日によっては全然勉強が手につかず

無為に過ごしてしまっている日もあります。

 

 

「職に就くための行為をしていないと

自分の存在意義がないぞ!」と

自分自身に対してハッパをかけてはみるのですが、

「自分の存在意義」と「働いているかどうか」は

全く関係ないことを知ってしまっているので

心のどこかで、資格試験レースに乗り切れない自分がいます。

 

 

僕にとって資格をとることは、
「人並み」を意識した
スケベ根性のたまもの。


我々が生きる現代の日本は、資本主義社会。
資本主義というのは、あらゆるものに
値札がついている社会。


すべての人についてる値札。
そこに表示される社会的値段を釣り上げるために
みんな学歴だとか資格だとかを獲ようと躍起になる。


有名大学に行くことで、
大企業に就職することで、
難関資格をとることで、
自分が何者かにでもなった気分に浸る人たち。


そういう連中のことを
一生、徹底的に軽蔑し続けていこうと決めた
二十歳の自分。


資格をとって他人に提示する価値なんて
本当の価値じゃない。

 

 

 

つい最近、僕の2個上(43歳)の知り合いが

ステージ4のガンを宣告され、

今年の夏前から闘病していたことを知りました。

 

 

一時は「もう手術できない」と言われたらしいのですが、

お医者さんとの縁にも恵まれ、

大手術と抗がん剤治療を経て、

今では仕事ができるまでになっています。

 

 

もし今の僕がガンで余命宣告をされたら

それでも資格試験を続ける情熱があるのか。

 

 

答えはノーです。

 

 

僕にとって資格をとることは

運よく60歳、70歳まで生きてしまったときの

長生きリスクに備えるためのものだからです。

 

 

けれど、、、

 

 

(少なくとも現時点で)僕は余命宣告をされてはいません。

先ほどの彼とは状況が違うのです。

その時はその時。

 

資格の勉強をする選択は
精神の病気を経たり、

親との折り合いだったり、

色々な曲がり角を経たり、
時間をかけて出した結論だったはず。

勉強をやめたところで、

結局、次の行動を起こさないことは目にみえてる。


勉強がうまく進んでないから、
ただ単に今の状況から逃げたいから、
来年の試験の勝算が低くなってきてるから、
安易に、観念的に、
自分を正当化するために
資格を否定的に考えてるだけなんじゃないか。


本当に嫌なら、合格したうえで
別の仕事をすればいいだけの話。


やはり四の五の言わずに
やらなければならないのかもしれません。

 

 

とりあえず、もうひと踏ん張り頑張ってみます。

 


というわけで、今日の自問自答はここまで。

 

 

読んでくださりありがとうございました。