最近、僕が大好きな映画監督ウディ・アレンが
窮地に立たされているようです。
原因は、養女が幼いころに性的虐待を受けたと
告発したからです。
昨年、ハリウッドの映画プロデューサーが
セクハラ疑惑を暴露されたのをきっかけに
「Me Too」(私も)がブーム化しました。
その流れで、ウディ・アレンが昔のことを
責められているわけです。
セクハラや幼い子に対する性的虐待を
肯定するつもりはもちろんありません。
あってはならないことだと思っています。
けれど、僕が言いたいのは
「才能」というのは「偏り」であり
それは「病気」の一種であるということです。
優れた表現物は、才能という病気から生まれるということを
認識する必要があると思います。
おのれの一部に、いびつに偏った執着を抱えている
最低の人間だからこそ
傑作を次々と量産できる面もあると思うのです。
「映画の創作技術だけに優れているのは良いけれど
それ以外の部分はきちんと常識をもっていなければならない」
というのは無理のある考え方だと思います。
ウディ・アレンは90年代前半にも
別の養女(今の妻)に手を出したということで
全米を巻き込む大スキャンダルに
みまわれたことがあります。
そんな中でも彼は会議に一度も遅刻することなく
淡々と傑作映画を作り続けました。
今生きている映画監督で、
あれほど人間模様を鋭く描く人はいないと僕は思います。
前回のスキャンダルの時と同様
これからも映画を作り続けてほしいのですが、
資金が集まるかもわからない状態らしい。
ウディ・アレンの映画をきっかけに
知名度を上げてスターになった俳優や女優からも
「この事実を知っていたら彼の映画には出演していなかった」
なんて言われています。
あまりにも不びんすぎる!
僕はこれからも(ウディ・アレンに限らず)
「最低な病人の作る最高の表現物」を期待したいと思います。