元・山口組系後藤組組長 後藤忠政氏が死去…カンボジア特殊詐欺組織でチラついた最晩年の“威光” | 村井秀夫刺殺事件の真相を追って

村井秀夫刺殺事件の真相を追って

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(2018年7月6日、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚らの死刑執行。特別企画実施中。)

 

 

 

2月8日、ヤクザ界に激震が走った。「伝説の組長」といわれてきた、山口組系後藤組の後藤忠政元組長が死去したとの一報が流れたからだ。83歳だった。

「後藤さんは、病院に通いながら都内にいると聞いていた。ヤクザ界に大きな影響を与えた人物だった」(暴力団関係者)


 山口組の二次団体だった後藤組。一和会との「山一抗争」で後藤氏は、相手側にトラックで突っ込み名を馳せた。


「経済的にも成功を収めた。オウム真理教が富士宮市に本部を建てたときには、後藤組が指南しているのではないかともいわれた。豊富な資金をもとに、芸能界にも太い人脈を持っていた」(同前)


 2008年に山口組から除籍処分を受けると、後藤氏は引退を表明し、組を解散。2011年からはカンボジアに移住し、現地で養鶏場を経営したほか、学校建設にも寄与した。だが、元神奈川県警の刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏は、その晩年についてこう語る。


私がカンボジアの特殊詐欺組織を取材していたとき、複数の関係者から『牛耳っているのは後藤氏ではないか』との話が聞こえてきました。こうした証言から、『組織の側も後藤氏を頼っている』と私はにらんでいました。真相を聞くため、後藤氏に取材を申し込んだこともありました。『タイミングが合えば、いいよ』との返事があったんですが……」


 最晩年まで、裏社会に威光はチラついた。だが、その真相が明かされる機会は永遠に失われた。