警察は村井秀夫刺殺事件の背後関係を洗うべく、羽根組関係者の別件逮捕を押し進めた。
95年5月12日、四課は羽根組若頭の上峯憲司、徐の同居人高英雄を逮捕。
19日には高英雄の金融業を手伝った在日朝鮮人・柳川竜星こと柳日竜(当時22)を都内の会社社長を脅迫し、暴力行為をした疑いで逮捕した。
捜査は当初警視庁捜査一課が調べようとしていた。村井事件より前から、不動産取引などの件でオウムと暴力団の接点がある情報をキャッチしていたためである。
ところが上層部の方針で捜査四課に変更された。捜査四課は暴力団対策を担当する組織で、体格が良くヤクザと見分けがつかない強面の刑事たちで構成されていることから、俗にマル暴とよばれている。羽根組にはマル暴が一番、という判断だったのだろう。しかし一課の刑事、小山金七は納得がいかなかった。果たしてマル暴は真相を暴くことができるのか?小山の胸中には不安が残っていた。

(連行される徐裕行。)
●焦燥
捜査官「上峯が捕まったぞ」
取調室の中で若頭の逮捕を告げられた徐は動揺した。
捜査官「お前、事件当日の朝、上峯の携帯に電話かけたよな」
徐裕行「よく覚えていない」
捜査官「嘘付け。記録が残っている」
捜査官「料金でいえば10円ぐらいの電話だったようだな」
警察の情報収集の早さに徐の心拍数は急上昇した。警察に付け上がらせないためにも平常心を装い、上峯をかくまった。2人が謀議してた疑いに取り調べが及ぶと、徐は共謀を全面否認し、次のように答えた。
徐裕行「みねさんから指示されて殺害したり、物的に支援を受けたことはない」
「知らない・わからない・覚えてない」ととぼけ続けた徐だったが、上峯との関係を突きつけられ、言い逃れができるのは時間の問題だった。
捜査官「社会正義とは無関係な暴力団員が、何の利害関係もなく、ただ税金の無駄遣いやサリン犠牲者への心の痛みで村井氏を刺殺するとは到底考えられない」

娑婆では在日仲間やヤクザに支えられていた徐も、牢獄では孤独だった。唯一手を差し伸ばしてくれた弁護士の前でも徐は嘘を吐いた。清水肇弁護人との接見時、徐は次のように話している。
徐裕行「上峯さんは自分の(オウムの関係者を痛い目にあわせるという)意図を察していたかもしれない」
長い孤独と警察のゆすぶりに徐の精神はボロボロだった。
徐裕行「俺だけ損してばかりじゃねえか!哀号!!」
●徐裕行、裏切る
失望と苦悩に陥る哀れな男の耳に、今度は羽根組が解散した話が飛び込んできた。
徐は強い衝撃を受けた。長い留置生活で、若頭への忠義がぐらついていた矢先のことである。
捜査員「お前、騙されてんじゃないか」
その一言がそれまで耐え続けていた徐の精神に追い打ちをかけた。
徐は疑心暗鬼に陥陥り、かつての仲間に憎しみを爆発させた。そして、それまで捏造していた供述を全面転換させ、犯行は上峯あらの指示だと認めた。

(徐裕行の尋問を再現した漫画。実際は若頭への疑心暗鬼がきっかけで供述をはじめたという)
徐裕行「右翼思想に基づく犯行ではない。羽根組若頭から、 『オウムはとんでもない組織だ』と、何度も繰り返し聞かされ、自分もその気になった」
徐裕行「上峯に『一斉捜査やなんかで大量の警察官を動員しているけれど、これも国民の大事な税金が浪費されるような自体を起こしたヤツは許せない』『あんなやつらをのさばらせていいのか』と言われ、『そうだ』と思って犯行を起こした」
「襲撃相手に村井秀夫、青山吉伸、上祐史浩の三人の名前が挙げられ襲撃計画が持ち上がった」
5月27日、徐は証言した日時に誤りがあったことを認めた。「4月17日に殺害を依頼された」から、「20日の直後に殺害の依頼を受けた」と供述。
徐裕行「上峯には『失敗しても良いから』といわれた。絶対に殺せと言う命令ではないと思い、そのつもりで現場に行ったが(報道陣など)大勢の人間がいたので興奮してやってしまった」
死刑は恐いので、殺意は断じて否定した。

この時、徐は雑談も含めて素直に応じ、「できれば殺したくなかった」と話していたという。留置場では時代小説やSF小説などを読み、弁護人にはノートの差し入れを頼んで「心境などをつづりたい」と語っていた。(毎日新聞95年7月25日夕刊9面より出典)