●最後の晩餐
1995年4月23日、午後6、7時頃。
徐裕行は一旦、南青山総本部を離れて徒歩5分にある近所のラーメン屋へ入った。
『ラーメンあじ平』。
鹿島とも子をはじめ、一部のオウム信者も利用していたという。
店内に現れた徐は、出口から一番近い、レジから二番目のカウンター席へ直行した。
娑婆の食事も今夜が最後である。人殺しの景気付けに”スタミナラーメン”(850円)と小ライスを注文した。
刑務所へ入れば自由はない。女遊びもできなくなるし、牢獄で臭い飯をたっぷり食わされることだろう。ラーメンを出した従業員によれば、徐はスープを最後の一滴まで残さず飲み干していたという。
「やっぱり、普通の神経じゃないよね。人を殺す景気づけに”スタミナラーメン”だなんて、本当、しゃれになってないわよ」(店のおかみさん)
余談だが、徐は事件の2日前にも渋谷のラーメン屋へ入店していた。
食事を終え、味覚への執着を断ち切った徐は再び総本部前へ戻った。
●殺人鬼・徐裕行
午後8時35分頃、村井秀夫が正本部前に現れた。
集まっていた報道陣が騒ぎ始めるのを感知した徐は、アタッシェケースに手を忍ばせ、すっと、予定の位置へ移動した。
(包丁を素早く出せるよう、ケースを確認。)
↑長久保氏が撮影した写真
この様子に気付き、決定的瞬間におさめた人物がいる。
長久保豊氏である。
この写真は24日の毎日新聞に大きく取り上げられ、95年東京写真記者協会賞を受賞することになる。(現在も長久保氏はスポーツニッポン新聞社のカメラマンとして活躍中である)
地下室から建物内へ入ろうとした村井は、扉が閉まっているのを確認し、正面の入り口へ向かった。
刺すまでには時間は十分ある。
「開けてください!」「やめてください!」
胸の奥から、”非日常的”な高揚感が沸き上がってきた。
(俺はこれから凄いことをやるんだ、必ずぶち殺してやる!)
緑色の男を視認した瞬間、徐は群衆をかぎわけて突進しはじめた。
直後に、徐は手にした牛刀を水平に構えた。
水平に構えた理由は、刃が助骨に当たる可能性が少なくなり、確実に致命傷を与えられることができるからだ。
徐に体当たりされた村井は後へよろめく。側に置かれた段ボール箱が崩れ落ちた。
ところが最初の一撃は空を切り、二度目は村井秀夫の左腕の肘あたりを浅くハスった。
信者「何やってるんだコノヤロー!!!!!」
「オルァァァァァァァ!!!!!」
信者たちが徐の体を引き離そうとした。村井も抵抗して徐を突き飛ばしてきた。
屈強な体格の徐も、複数の男に襲われては元も子もない。
(なんとしてでも、殺す!殺す!村井をぶっ殺す!)
村井は一瞬前へ進もうとした。ところが、別の眼鏡の信者が右腕を伸ばし、村井の通路を遮った。
この時徐と村井の距離は1m。
突然、取り囲んでいた信者の姿勢が崩れ出した。
刹那の瞬間、徐は村井のわき腹に狙いを定め、力強く村井に体をぶつけた。
徐の牛刀は標的のわき腹に深く食い込んだ。
すかさず徐は刃を回転させ、腸を抉りながら刃物を引き抜いた。村井の顔が醜く歪む。
玄関へ駆け込む村井。自分を刺した男を見ようと振り返るが、激痛に絶えられず跪いた。
村井事件で最も有名なこの写真は、東京スポーツ新聞社・写真部の紙谷光人カメラマンによって撮影された。4月26日朝、TBS『モーニングEYE』が紙谷カメラマンのインタビューを放送。
「何があっても対応できるよベンツを降りてからずっと村井氏のすぐ前にいた。村井氏のわき腹でドスッという音がしたかろ思うと村井氏自らが”刺された”と…。夢中でカメラのシャッターを押しました」
紙谷カメラマンの靴には村井の血が付着したままだったという。
村井「刺された」「息ができない」
信者「横になってください」
村井が仰向けに倒れると、床一面が赤黒い鮮血で染まった。
(村井が刺された部位。残虐な手口である。)
徐は追い打ちするのを止めた。手のひらからは、村井を仕留めたという感覚が生々しく残っている。表情からは焦燥は見られない。手応えあり。徐は満足したような表情を浮かべた。
一旦その場を離れようとすると、信者の声が響いた。
信者「アッ、刃物持ってる!」
ジャージ姿の信者が追いかけてきた。
生意気な信者を追い払おうと、徐は牛刀を前方へ放り投げ、奇声をあげて威圧した。
徐裕行「ウナァーッ!!」
唸るような奇声に、怯える者はいなかった。皆状況が飲み込めなかったのだ。
虚しいので、徐は若頭の指示通り、その場に留まることにした。
(この直後に、徐は中学生くらいの少年から「頑張ってください」と肩をたたかれたという。映像中に中学生らしき少年の姿は確認できないが、帽子姿の青年がにやつきながら徐に近寄る様子が映し出されている。)
信者「こいつが刺した!」信者から罵声を浴びせられる。
警官「お前が刺したのか」警察から無理矢理腕を掴まれる。
記者「どのような動機ですか?!」記者達が執拗に追いかけてくる。
鬱陶しくなった徐は刑事に「車ン中入れろよ」と頼むと、すぐに乗車してその場を去った。
次回:取り調べ