
1989年10月26日。
富士山総本部で行われた水中クンバカ大会にTBSや赤旗の取材がきた。社会情報局や報道局も含め3台のカメラがオウム施設に入った。

外部からの来客に神経をとがらせる麻原。
この日、会場にTBSの撮影スタッフが訪問していた。
早川「東京放送…TBSですね」

麻原「赤旗来てるの?」

取材陣を気にする麻原。
赤旗といえば共産党、無神論者の集団である。きな臭い噂を嗅ぎ付けて来たのだろう。
麻原は気に喰わない顔を浮かべた。

テレビ局は麻原の水中クンバカを期待していた。しかし、水槽に潜るのは麻原ではなく、井上と一般信者たちだった。

上祐と青山が見守る。
麻原「マンジュウ、酸素テントを確かめろ」
村井「はい。わかりました」
麻原「水温を35度まで下げろ」

この日、村井は水中クンバカ大会用の浴槽を準備し、水面の上に深呼吸するための酸素テントを設置させていた。はじめに挑戦する信者が水槽の中へ入ると、テントの中で深呼吸をはじめた。

麻原「偉大なる完全なる絶対なる」
麻原が早口でマントラを唱える。


村井「いつでもいいぞ!」
30分後に村井が合図をすると、信者は潜りはじめた。同時にストップウォッチの電子音が響く。

見守る信者とTBS関係者。
麻原「ここからで4分だからね!4分!」

鼻をつまむ信者。

信者「ヴゥゥ〜〜」
浮かび上がった信者が苦しそうに牛の唸り声のような奇声を出した。
早川「あーダメ」
麻原「よし、アーナンダ!」井上「ハイッ!」麻原「もうダイレクトにいくゾ!」
麻原「あのぉ、喋ったらえらい疲労するから、というよりお前、失敗したら不味いから…」
二人目は当時19歳井上。酸素テントの中で何度も深呼吸を続けた。
麻原「酸素テントに入って何分?」
村井「…」
時間を数えていないのを無言でごまかす村井。
井上が水槽内に潜った。中の鉄パイプで体を固定し、水中クンバカにチャレンジだ。
麻原は再びマントラを唱える。
5分30秒後、息苦しくなった井上が浮上した。村井はタイマーを止めた。
麻原「…」
井上「すみません…心臓が…止まりまして…」

麻原「何怖がってんだよぉ~」
井上「スミマセン」

呆れた表情を浮かべる麻原。
麻原「…もう出ていいぞ」
井上「しまったぁ、くっそ~」

麻原「偉大なる完全なるシヴァ神の」

信者「ウェー…ちきしょぉ〜ゲフッ」

麻原「ダメかやっぱり」

白ける村井たち。右端のスーツの男性は赤旗記者・竹腰将弘。
大会終了後の午後6時18分、村井、上祐、松本知子、早川、新実、岡崎など幹部が周囲を囲む中、報道局と麻原のインタビューが始まった。
聞き手は「報道局」の西野哲史氏。
報道局は選挙や薬事法の逮捕歴について触れる。しかし、麻原はテレビ取材を宣伝に利用するため機嫌良さそうに取り繕った。インタビューはスムーズに進んだ。

午後7時頃、報道局のスタッフが退出。
林泰男「お疲れさまでした」
元在日朝鮮人の林泰男がスタッフたちを玄関で見送る。報道局関係者はそのまま東京へ戻る。

次の聞き手は、「3時にあいましょう」リポーターの石丸純子氏。麻原は信者の潜水時間を世界記録と主張し、自慢話をはじめた。
ところが、石丸リポーターがサンデー毎日がとりあげたお布施の話題を持ち込んできたため、雲行きが怪しくなった。
石丸は「番組を作る意味では中立」といいつつも個人的な主張をぶつけてきた。
曜日プロデューサー「ま、ちょっと、やめましょう」
スタッフの曜日氏が口を挟む。

松本知子「質問の仕方がおかしいですよ!」「くすねるという表現はおかしい」
石井久子と松本知子が感情を露にした。


教団を侮辱されたことに腹を立てた上祐、早川が騒ぎ出す。

麻原「それはカルマじゃない。いいじゃない」
麻原は幹部の反応をみつつ、教団代表者として寛大なふりをした。
それでも非難を続ける石丸。

おおらかに振る舞っていた麻原も徐々に批判的な返答をしはじめ、カメラマンは撮影を中止した。
インタビュー終了後も押し問答が続いた。
麻原の水中クンバカを撮影できなかったTBSは翌日の放送を見送った。

その晩、村井は麻原にある命令を受けた後、オウム真理教富士山総本部横のサティアンビル3階の自室へ戻った。部屋には中川智正がいた。
村井「人を殺せる薬はないか」
村井は声を潜めて中川に訪ねた。中川は驚いて村井の顔を見上げると、その表情は真剣そのものだった。村井の迫力に押されるように、中川はいくつかの毒物の名称を挙げた。
中川「テトロドトキシン、アポニチン、ストリキニーネ、クラーレ、ボツリヌス菌毒素、塩化カリウム…」
村井「すぐに眠らせる薬でもいい、眠らせれば、あとはどうにでもなる」
中川は村井に全身麻酔薬チオペンタールの効果を説明した。
村井「クロロフォルムやエーテルでもすぐに眠るかな」
村井は、古い推理小説や映画で聞いたことのある薬品名を挙げてみた。
中川「すぐに、というわけではありません」
村井「君が勤めていた病院から、殺すか眠らせる薬を持って来てくれ」
中川は沈痛な気持ちで聞いていた。村井の意図がよくわからなかった。
青山の耳に、TBSが水中クンバカ大会と一緒に、「オウム真理教被害者の会」の特集を一緒に放送する情報が入った。抗議のため青山、上祐、早川の三人はTBS関係者に面会した。TBS側は教団の反論を聞かずに放送するのも問題があると考え、被害者の会側の取材映像を3人に見せた。映像には被害者の会代表の永岡弘行、サンデー毎日の牧太郎、そして横浜法律事務所の坂本堤弁護士が映し出されていた。
11月2日深夜から3日未明にかけて、麻原の部屋で会議が行われた。麻原の他、村井、早川、岡崎、新実、そして中川が参加した。
麻原「「もう今の世の中は汚れきっておる。もうヴァジラヤーナを取り入れていくしかない。お前たちも覚悟しろよ」
「今ポアをしなければいけない問題となる人物はだれと思う?」
麻原は、教団にとって最も障害となる殺害しなければならない人物はだれかという意味の問い掛けをした後、殺意のある人物の名前を挙げた。
麻原「サンデー毎日の牧太郎をポアしようと思う」
村井「薬は中川が用意してます」
村井の話を思い出した中川は、麻原たちに塩化カリウムの説明をした。
「整脈に注射すれば、心臓の収縮が止まってすぐに死にます。ただ、注射の痕が残るので、ダメですよ。殺害だとすぐに分ってしまいます」
村井「肛門かヘソに注射したらどうだ」
中川「それでも跡が残りますよ。調べる人は調べるでしょう。」
麻原「痕が残らない方法はないか」
「ボツリヌス菌毒素かフグ毒なら、食中毒で死んだと思われて、分らないかもしれません。でも、いずれにしても死体が証拠になってしまいますよ」
「帰宅途中に車に引きずり込んで、注射をしたらどうか」
「牧は、新聞社に泊まったりして、家に帰らないことも多くて難しいんですよ」
誰かのこの言葉で、牧編集長の暗殺は暗礁に乗り上げた。

麻原「坂本弁護士はどうか」
突然麻原がそう言い出した。
早川「なぜ弁護士を?」
麻原「いや、坂本弁護士は被害者の会のリーダーだ。会をまとめているのは彼なんだ。坂本をこのまま放っておくと、将来教団にとって大きな障害となる。このまま坂本に悪業を積ませないためにも、今彼をポアしなければならない」
坂本弁護士は、教団の出家信徒の親から脱会の相談を受け、教団を相手どった訴訟を準備していた。6月には教団に対し、親元の帰宅や親との面会を求め、「オウム真理教被害対策弁護団」を結成した。8月に教団が宗教法人の認証を受けると、坂本弁護士は教普段の不正を追求して認証取り消しを求める方針を固めた。10月には「オウム真理教被害者の会」を結成するなど、対立の構図は強まっていた。
上祐と青山は横浜法律事務所へ出向き、「信仰の自由がある」と抗議した。坂本弁護士は「人が不幸にする自由はない」「徹底的にやる」と一歩も引かず、毅然とした態度を貫いた。上祐の報告を受け取った麻原は坂本弁護士を教団の脅威として認識した。
麻原は、「ポア」という言葉を発する時、右手の拳を上に向け、人差し指を弾くような動作をした。
