「オウム神仙の会」に入信した村井は、周囲の信者たちよりもストイックで苦行に強く、人間離れしている面があったことから、徐々に頭角を現していった。
また、教団から与えられた仕事を休まずこなし、時には一日20時間ワークを続けることさえあった。
他人の優れたところを認め、それを賞賛することをためらわないの性格から、麻原は早速自分の側近として目を置くようになった。村井のおとぼけキャラは、麻原の娘や教団内の子供達からも人気だったという。
村井が入信した直後のオウムは、30人の会員が集うヨガセミナーであった。ところが、3ヵ月後には急速に増加し、会員数は600人までに膨れ上がった。組織が拡大したのを機会に、麻原は「オウム神仙の会」を「オウム真理教」へ改称させた。そして、麻原の称号も「先生」から「尊師」と変化し、本格的な組織づくりが始まった。
出家した村井は、麻原から教団名、ホーリーネームを授かった。
「マンジュシュリー・ミトラ」。名前の由来は、大乗仏教の菩薩、文殊菩薩からきている。
尊厳な呼び名だが、麻原は、村井を頻繁に「まんじゅう」と略して呼んでいた。
秘書役をとして積極的に付き添ったことから、村井は教祖に「男妾」とまで呼ばれた。
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村井が来てからは、教祖はいつも愉快な気分になった。というのも、盲学校時代「大きくなったらカネを儲け、ロボット帝国を作るのがぼくの夢」と語っていた麻原は、村井同様、夢想家だったからである。麻原は左目が全く見えず、右目は0・3の弱視であったが、父親がテレビを買って来てからはアニメに夢中になった。兄弟がテレビの前にいると、むりやり押しのけて画面に顔を近づけるほどの熱中だった。特に「エイトマン」と「あんみつ姫」がお気に入りだった。部下に命じて「宇宙戦艦ヤマト」の歌を真似た歌を制作させることもあった。成績は文系よりも理系の方が得意だったこともあり、村井と麻原は思考が一致した。
麻原は、修行用の道具を開発するため、村井を真理科学技術研究所(CSI)の責任者に任命させた。
しかし、村井が考案した”教団グッズ”は珍妙なものばかりだった。
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麻原「おい、これ、口を離したら空気が抜けてしまうじゃないか」
麻原は困った顔をして笑った。信徒にかぶせて電流を流す「電極帽」の試作品である。村井が教団の各部署からアイディアを募集したものだ。
麻原はじぶんでかぶり、息を吹き込んだ。膨らんだまではよかった。が、空気を止める栓が無かった。
麻原「さすがは科学班。金はかかるが使えない」
尊師の高笑いを、村井は顔を真っ赤にして聞いた。
信者達が頭にかぶり、麻原の脳波を電気で送る「PSI」。考案したのは出版チーム。粗悪に作られているため、かぶった信徒たちの多くはやけどし、頭がかさぶただらけになった。やけどは医療班のサマナたちが治療した。長時間使用し続けてハゲになった女性もいた。後に火傷防止用のスポンジが付いた改良型が普及した。
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ある日、麻原は村井を居室へ呼ぶと、新たな指示を与えた。
麻原「宙に浮く座布団を作れないか」
村井「はい、すぐに作ります」
麻原「マンジュシュリー、空気より軽い金属がほしい」
間髪入れずに村井が答える。
村井「はい、作ります」
麻原「本当か」
村井「理論的に可能です」
麻原「じゃあ作ってくれ」
村井「承知しました」
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麻原自身が実現困難だと思うアイディアでさえ、必ず村井は「やります」と答えた。その場にいた信者は「かけ合い漫才のようだった」と振り返る。しかし、その至誠は麻原に挑戦するかのようであった。そんな村井の熱意を面白がった麻原は、年間数億円の予算を村井に与え続けた。2人の「かけ合い」は用途のハッキリしないグロテスクな機械を次々に生み出していく。
若い女性が、奇妙な乗り物を操る写真が、教団の発行する1991年10月の雑誌に登場した。ステンレス製の六本の脚が、昆虫のように動いて、前に進む仕組みである。
「多速歩高ロボット・えんじょいはぴねすRL6号」。組み立て方の詳細と、100万円でキットを販促するという案内が掲載された。
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ドラム缶にパイプをつなげたアクリル製の洗面器をビスと接着剤で接合させ、自分でペダルを漕いで操縦する特殊潜航艇。
(水中都市構想。クレーンごと転落し、操縦していた端本悟は水深5mの海底に沈み、溺れかけたところを地元のダイバーに救助される)
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「万能ホバークラフト」ゴムボートにエンジンをつけただけの代物で失敗。
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米軍の毒ガス攻撃攻撃から身を守る空気清浄機、「コスモクリーナー」。(室内型、野外型、車内型の種類があり、とにかくうるさい機械だった)
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スターウォーズに登場するロボット「R2-D2」を模したドラム缶型の機械「ビラ配りマシーン」。中にCDラジカセが添えられていた。歩行者天国に置いて、SFアニメの衣装を着た女性信者が周りで踊った。
「麻原さんの指示で、ビラが一枚ずつ出るだけの機械に一台100万円をかけて10台も造り、街頭で勧誘に誘ったがだれも近寄って来なかった」(端本悟)
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麻原の入浴した後の水を飲ませる「ミラクルポンド」。
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上記の他に、「尊師に後光が差しているように見える機械ができないか」と部下の信徒に持ちかけている。麻原から「10兆ボルト出せるようにしろ」と命じられ、高圧を発生させる装置の計画もあった。永岡辰哉によれば「ミニブラックホール」なるものも着想していたという。
これらの奇抜な発明物は、村井の妄想癖を満たす玩具に過ぎなかった。「プラモデルに対する興味と同じ次元で、科学を考えていた」と側近の信徒は評する。巨額の予算を浪費する村井を批判する幹部も多かった。一般信者からは無能とみられることもあった。
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それでも村井と麻原は、お互い共鳴しあい、オウムを妄想の集団へ作り替えた。オカルティアンな麻原彰晃から見れば、村井は自らの妄想を否定せずにイエスマンとして実現しようとする村井は、好都合な存在だったのだ。
端本悟は、のちに法廷で麻原彰晃と村井の馬鹿馬鹿しさを積極的に証言した。
溺れかけた端本悟は、麻原に「いったい何を考えているのか!こんな馬鹿な作り物はないですよ」と怒鳴り込んだが麻原に「それは村井が悪いんじゃない。お前が否定的な観念を持つからそうなるんだ!」と一喝された。更に村井から「今度は水中歩行器を頼むよ」と言われる始末だった。端本は後に
「自分自身も情けないし、麻原も村井もばかでどうしようもない」
「村井さんはグルが全てだった。二人がベタベタしていて気持ち悪いと思っていた」と法廷で証言している。
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上祐史浩は、水中都市構想は「尊師のいうようには実現しないと思っていた。国が許可しないだろうし、明らかに建築基準法違反です」と言い切った。
岡崎一明は「昭和62年4月に村井が来てから教義は変化し奇抜な着想が多くなった。初めて村井が来た祭に麻原は3時間ほど村井と話しこんで水を得た魚のように喜んでいた。発想の考え方がよく似ていた」と証言している。
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常軌を逸脱した才能と変人っぷりに村井は「宇宙人」とあだ名をつけられた。
元教団最高幹部「90年の総選挙の前年、89年のことだったと思います。村井の発案により、ワークをこなす能力と知能指数の因果関係について調べようということで、信者の知能指数を測定したことがあった。村井はIQが200近くあり、周囲はビックリしていました」抜群の頭脳を誇っていたわけだが、一方、少々マニアックというかオタクな部分もあった、とこの幹部は語っている。
元信者「一般の信者だとワークの効率が上がらないと独房入りを命じられたりするのに、村井だけはワークで失敗しても責任を追及されないんです。しかも、彼はその失敗の責任を部下のせいにしたりするため人望はありませんでした。解脱するときも彼だけは独房修行をしていないし、とにかく彼は別格でした」
「彼は麻原のレーザー銃などという馬鹿げた妄想を具現化するために腐心していました。麻原がアニメに出てくるような兵器の話を持ち出し、これはできないかと村井にいうのです。村井はおっちょこちょいだから何でもできますと、安請けあいするわけです。そのため教団のカネを湯水のように使うのですが、成功するケースの方が稀でした。普通の科学者ならまともに取り合わない妄想を、本当に科学で実現できると考えていたのが村井なんです。ただし、それも麻原の命令がなければ村井は決して動かない。何かにつけて『尊師が、尊師が』というのが口グセの小心者でした」
麻原は村井を優遇したのにはそれなりの理由があった。麻原はPSIの発明を讃え、村井を正大師に昇格させている。
PSIをかぶれば修行の進行度が高くなる(とされていた)。しかし在家の信者が手に入れるには100万円~1000万円の「お布施」が必要だった。信者から多額の金を巻き上げることで、年間20億の収入が麻原の懐に入り利益となる。村井の発案は教団の集金体制の原動力となった。
また端本が咎めた村井の発明品を、麻原は「教団には高度の科学技術がある」と宣伝し、大学での講演会等で理科系の優秀な人材や高度の専門知識等を有する人材を多数入信させることに成功した。
麻原は村井の長所を見抜き、巧みに利用していたのである。
エウアンゲリヲン・テス・パシレイアス
村井秀夫・修行体験談話