国産レモン🍋を見かけたら、ひとつ買うことにしています。香りがいいのとレモン農家さんを応援したい気持ちから。
“買い物は投票”という言葉を知って、誰を応援したいか、余裕がある時には考えるようになりました。
…前置きはこれぐらいにして。
私は中2の時、1年間父方の祖母の家で暮らしていました。祖父が他界して一人暮らしになった祖母を親戚一同が心配して、孫の誰かを用心棒にしたらいいんじゃないか、ということで、孫の中で一番の年長が中3の受験生だから中2の私にお鉢が回ってきたのです。
祖母の年齢は、まだ61歳だったのでした。今なら、まだまだ若かったのになぜ?って思いますが、その時の祖母の息子や娘たちである父をはじめとするオジオバたちにとっては心配なほどの年寄りに思えたのでしょう、たぶん。
私にしたら寝耳に水ですが、心のうちを思いやってくれる人もいなくて、とにかく、1年間おばあちゃんと住まなくてはならないと気も重く(おばあちゃんは口やかましくて、ひいきもひどくて、何より母からいろいろと愚痴を聞かされて育っているので本当に申し訳ないほど良く思っていなかったので)、ため息をつきながら身の回りのものを段ボールに詰めたのでした。
とはいえ、実家は歩いて5分とかからないところなので、何かあればすぐ帰れると思い直し、あまり考え過ぎないようにしなきゃとは思ってました。
ちなみにおばあちゃんの家から、次男である私の父を含めた息子3人の家はどこも歩いて5分とかからぬ近さで、いわゆるスープの冷めない距離に住んでいるにもかかわらず、なぜそんなに心配だったのか?今でもホント謎です。
14歳の頃の自分を思い出したのは、ある時、ある人にその年齢の時に私に大きな影があり、その時の自分と仲直りをするように言われたから、というのもあり。
そういえば、母が父や婚家の家族と折り合いがうまくいかないことからクリスチャンになったのもその時だったな〜とか、いろんな悩みや寂しさ、苦しさなんかをいっぺんに思い出し、神さまなんか大嫌いだ‼️もう知らない‼️などと天に向かってツバを吐いた日々がひょっこり飛び出してきたのでした。(今では家族内で父と私だけ、クリスチャンではありません)
身勝手なのは心配性なオジオバたちだと今では思います。決しておばあちゃんは誰かと一緒に暮らしたいわけでもなく、あまりにオジオバたちがやかましく言うから私と暮らすことを承知したわけで。別に断ることもできたと思いますが。
中学生は朝から学校に行きますから、朝おばあちゃんは私のために朝ごはんを作らなくてはならないし、当時は土曜日も学校があり、午後も部活動があったので土曜日にはお弁当も持たせなくてはいけない…。朝寝坊など自由な時間の使い方ができなくなり、私のお世話も押し付けられた!そんな気持ちもきっとあったことだと今の私は思いますが…。
遠くに住むオバたちがたまに来ると、私はお役御免とばかり実家に帰り、おばあちゃんは私のお世話が大変と愚痴をオバたちにこぼし、それを母から聞かされる私は本当に大人たちの姿に幻滅したものです。
だいたい14歳の中学生の女の子は用心棒になるものなのでしょうか…。
その当時、私の通っていた中学では平日は毎日部活動があり、土曜日も夕方まで部活動、夏休みもほぼ毎日部活動でしたし、おばあちゃんと話す時間などご飯の時くらい。しかも大抵、愚痴か噂話くらいしかしないおばあちゃんとの時間は、苦痛でつまらない…。たまに文句を言うと、話のできない子だと怒られる始末…。
中学生が学校の勉強や部活動でいっぱいいっぱいだと、おじたちは知らなかったのでしょう。まだまだ子どもなのに大人たちへの批判精神が芽生えた、生意気盛りの中学生におばあちゃんのおもりはうまく出来ませんでした。
国産レモン🍋のように青いけれど、香り高く味はまろやかな、大人より大人な子どもを要求する大人たちよ、もっと大人になりなさい‼️と、その当時の両親を含め親戚一同の大人たちに、今の私から喝を入れたいと思います☺️
でもこのごろ、ふと思うんです。大人は子どもが思うほど実は大人ではないことを知るために経験したのかもしれないな。。。私は年齢的には大人になってからかなり経つけど、果たしてあの頃の私から怒られないくらいの大人になったかな?
そんなことを思う、秋の一日でした🍂
今日も読んでくださり、ありがとうございました💝