(昨日のブログ、初めてハッシュタグランキング1位になってた
なんか嬉しいです♡)
依頼心が強いのは幼児性の表れ。
でも相手は大人なのだ。
こちらが自分の都合を告げたら、たいていはわかっ(たふりをし)てくれる。
そうやって、こちらが自分の意のままにはならないんだってことを
少しずつ心に刻んでもらう必要があるのだ。
中身がお子ちゃまだから、
こちらが自分の都合を言わないと
こちらに非があるかのように振舞ってくる。
だから、しれっと、こちらの都合を告げるのだ。
今はそちらの希望には添えない。
○○くらいなら可能かもしれないけれど、と。
ストレートに自分の希望をいうことで現実は動く(こともある)。
なのに、あれこれ理屈や人の話を引き合いに出して、
なんとか自分の希望を悟らせようとする人がいる。
はっきり言ったらいいだけなのにな。
あれはいやだ!じゃなく、
こうしてほしい!って。
人は否定形や遠回しの言葉では動きにくいものだ。
例えば、
「うるさい!しゃべるな!」じゃなく、「静かにして!」
「走るな!」ではなく、、「歩いていこう!」
「なんでもいいけど○○はおいしくなかった」じゃなく、「○○を作ってほしい」
発達障害の生徒が多く在籍する高校で、
毎夏、そういう生徒のための研修を受けていた。
回りくどい言い方は、発達障害があってもなくても
不愉快でわかりにくく、嫌みなものだと思う。
例えば義父の場合、
何かと甘えるための根拠として、
年寄りだから、
自分はこんなに頑張ってきたんだから、
連れ合いを亡くして寂しいから、
とか言ってくるのだが、なんか必死すぎて引く。
昔の自慢話を繰り返し、
ドヤ顔して、
ほめてほしいお子ちゃまぶりを発揮。
1回目は笑って聞けるけれど、何回も同じ話は勘弁してほしい。
そして、
こんなに頑張ってる自分を放っておかないでくれ!とばかり、親切な自分、
人に尽くし、好かれている自分であることを強調したがる。
頼まれたことは断ったことがない!
近所の人気者だから、付き合いで忙しい!
あちこちから頼られるから大変!
そうなんでしょうけど。
でもさ、頼まれたこと全部やらなくていいんだよ!って私は思う。
ひとのせいにして忙しがっている人には気をつけなくてはならない。
本当に本人が言う通りなのか、
言葉の裏づけがない、取れないことが多いから。
そう言いたいんだね〜ってことは受け止めてあげられるけど。
人は言葉ではなく、
行動で判断されるもの。
帰省するとき、
いつもご飯作りを期待されている。
義母の生前も同じだったから、
これには慣れている。
でも、ご飯作りは嫌いじゃないけどね、
ご飯作るのに、
献立考えて、
買い物行って、
調理して、
盛り付けて、
そこまでの時間を逆算してやってるんだよ。
主婦なら当たり前のこと。
だけど、一人でのお出かけ好きの義父はなかなか帰ってくる時間が読めないひとなのだ。
今回も1時間ほどで帰ると言いつつ、
2時間以上帰らなかった。
よくよく考えてみたら、
帰ってきた時にホカホカのご飯の用意が整ってるようにしないと嫁失格と思い込んでるってことか!!!
もしかして、私、洗脳してたのかな自分自身を。
食事は◯時に食べるように用意しますね〜!以上。
で、良かったのか❗️
時間になったら、お先に〜と食べれば良いし。いっぺんに片付かないけど、
一緒に食べる時以外は食器を自分で洗ってくださいね〜!で良いのかも❗️
やだやだ❗️
呪縛されてたつもりで、
してたのはもしかして私自身か😭
ブログを書いてて良かったと思うのは、
書くことで気づけることがたくさんあるってことだ。
誰かに読んでほめてほしいわけじゃなくて、
自分で自分の行動を書いてみると、
客観的に自分の行動のおかしさに気づくことがある。
相手に合わせることを強要されがちな、
日本人女性の中でも、
無意識に親からそう洗脳されがちな長女。
そこから脱するには、
客観的に自分の行動を書いてみることが近道だと思う。
そんなわけで、
ますます良い嫁、気のつく嫁という枠から飛び出し、
気楽にいこうと思っております。
何も相手をいじめようってんじゃないけど、
自分から苦しい道(相手にとって都合の良い嫁像)にハマっていかない、って決めました。
誰かの思惑通りになるの、
もう嫌だ❗️
コントロールに気づいたら、
自分の意思で離れます。
自分の親でも、
夫の親兄弟でも。
だれでも。
私には私の意思があるんだよ!
私のために、
相手のために。
言い続けていくしかないのだ。
ずっと受け身で保身を図ってきたつもりで、
自分を傷つけまくってきた。
ごめんね、私。
もう大丈夫だよ。
誰にも私を傷つけることはできない。
私しか私を傷つけることはできないとわかって、
世界が180度変わった。
そして見えてきた世界は
自分の心地よい世界。
自分の感覚を生かすことで、
世界は鮮やかな色を帯びてくる。
出会うべくして、
出会った臨床美術の世界✨
ひとの顔色ばかり気にして、
自分の心地よさを感じることを忘れていた。
誰よりも彩りに飢えていた私だから、
色への憧れがあるのだと思う。
今日も長文になりました。
ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございます。


