セルフ・アップデーターという在り方 -16ページ目

セルフ・アップデーターという在り方

旧:とある学会のサロン模様~「D学会 D・サロン」~
タイトルを刷新しました。

あらためまして、セルフ・アップデーターのひでです。
セルフ時代の現代を生きる一人一人の自己(セルフ)に焦点を当て、総合力の更新(アップデート)を全力でサポートします。

先日取得したカウンセラー資格の証書類が届いた。しっかりとした台紙に収められ、なんだか高級感がある。✨

認証カードも付いていたので、職場に持っていき周囲の人に報告してみた。😌

まずは、一番年輩50代前半の方から
「それがあると何が出来るんですか?」と聞かれ「カウンセリングが出来ます。」と答えると「それでいい事あるんですか?」と。😅
僕は「開業出来ますよ。」と答えると「それなら取ってもいいですけどね。」と、何故か上から目線。😅

あれ?待てよ?もしかしたら?

と思い、職場内の他の人にも報告してみた。

すると「転職するの?いつ辞めるん?決まったら教えて。」とか「仕事とは関係ない資格だね。」とか大体似た感じの返答だった。ふむ。ま、そんなもんか。😅

ついでに珍しく総務に用事があったので、総務の課長クラスの人にも報告してみた。

反応は
「あ、それは専務が好きそうな資格ね。日報に書いておけば、他支店の人から相談あるかもね。各支店にカウンセラーを置く様な事はしないけど。」と淡々と教えてくれた。

ちなみに我が上司、一番の期待通り
「あ、そう。」の一言だけだった。😆😆

ま、こんなもんなんだなと、職場の人たちの反応を確認出来た。

単に僕の報告が悪いだけなのかも知れないが。

多分、これ、他でもどこでも起きてる普通の事だろうなと感じた。他人事は、大抵関係ない会社でもある。

社会的には現代人は他人に構ってる暇はない。哀しいほどに余裕がない。時間とお金に追われる仕組みになってはいないだろうか。

社内のトラブルさえも自分でなければ、どうでも良いのだ。やった奴が悪いのだ。

他責文化は一瞬で浸透する。よってトラブルは減る事はない。程なく犯人が吊し上げられ、見せしめの公開処刑が行われる。

無関心にならざるを得ないのかも知れない。

とは言え、無関心が社会に蔓延ったら危険な状態になるのは目にみえてる。

歴史が物語っている。

無関心の人々が歴史に名を残した訳ではない。ファシズムが台頭した罪深い歴史の土台を築いてしまったのは、ただ無関心だっただけの普通の人々だったのではなかったか。

そんな事にならない様に、なるべく関心を持ちたいものだ。

こんな僕でも、幸いにして会社外に友人が結構いる。関心を持って付き合ってくれる友人たちのおかげで、僕のバランスは保たれる。ありがたい限りである。ありがたや、ありがたや。🙏

これを読んでくれる人が少なからず居ること、何かしら関心を持ってもらえている。

ただ気になるのは、政治に無関心な人はそれでも多いということ。

ファシズム化を止められるかどうかは、一人一人がお互いにいろんな事に、ちょっとだけ関心を向けられるかどうかにかかっているように僕は思う。

お金💰は大切、心❤も同じく大切な事を忘れないようにしたい。ま、僕は貧乏なので、ただの「ひがみ」かも知れないのだが。😆😆😆

貧乏な割に暇は結構あるもので。心の余裕はそうした減らず口から作られるものかも知れない。✌