
猿石は、昔々………ケルビムだったのかもしれない………。

【益田岩船】が【アーク】のモニュメントであるならば……………
【ケルビム】は、いったい……………
どこにいったんだ……………?。
バラバラにして、どこかの石垣にでもしてしまったのか……………?。
神の使いでしょ……………?。
そんなことしますか……………?。
【猿石】は【ケルビム】の《なれの果て》なのではないのか……………?。
私は、そう考えていました。

一番、有名な【猿石】です。

エジプトの【ヒヒの姿のトート神】です。

これは【鳥の姿のトート神】です。
英知を司る、トート神は、時として、鳥の姿………そして時として、ヒヒの姿をしているのだといいます。
仔細、詳細は、知りません………。
昔から、そう言われてきました。
理由は、どうあれ、そう言われてきたわけです。
【猿石】と【ヒヒの姿のトート神】は、良く似ています。
良く似ているどころか、類似点が多いです。しかし、ハッキリ言って 猿石 は、造りが、がさつです。
何故なんだろう……………?。
そこに大きな疑問を抱きました。
「もしかすると猿石は、あの益田岩船の上部角穴に嵌合(かんごう)されていた、ケルビム像だったのではないのか………!?」
私が、そう思った、最初の理由でした。

【益田岩船】です。
ケルビム像を、削り直して、猿石にしたとしたら、サイズ的には、ピッタリです。
当時の人が、昔の記憶を元に【鳥の姿のトート神】から【ヒヒの姿のトート神】を念頭に置き【ケルビム】から【猿石】に、削り直したのではないだろうか……………。
そう思ったわけです。
しかし証拠が、無かった・・・・・。
確信が、持てなかったのです…………。
だが、、、、、、、、、
これを、ご覧下さい。

皆さんは【猿石】の《後ろ姿》は、見た事ないですよね。
これは、猿石のレプリカの、後ろ姿です。
何か、気付きませんか…………………。
【翼】ではないのか…………………!?。
【翼】の名残りなのではないのか……………。
説明書きには、[あばら骨]だとありました。
現代考古学が正しいのか………!?。
私が正しいのか………………!?。
PS:もし、【猿石】が【ケルビム】の《なれの果て》だとしても、では何故、こんなに、数が多いのだと、思われる方も、おられるでしょう。長い間には、翼が折れる事も、有って然りです。最初は、何度か、作り直されていたと考えるのが、妥当です。
Android携帯からの投稿