かごめ唄の中のワンフレーズです。
夜が明けたら 明るい日
つまり 明日 の始まりです。
現代なら時計がありますから午前0時が近づくと人は「オッ!?もうすぐ明日になるぞ!」などと言います。
しかし、1000年以上昔は、そうはいきません…。
一日の始まりは、やはり 夜明け だった筈です…。
夜が明けたら 明日 。
それまでは 今日 。
では、まだ太陽は顔を出してはいないのに白々と明るくなりかけてきた刹那の瞬間…。この、儚い一瞬の 時 を、当時の人々は一体どう表現したのでしょう…。
夜明けでもなく晩でもなく…
明日でもなく今日でもなく…
夜明けでもあり晩でもあり…
明日でもあり今日でもあり…
それが 【夜明けの晩】なのです。
ここまでは、今更私が言わなくとも、かごめ唄の研究者である、多くの先人達が述べている説でもあります。
問題は、ここからです。
【夜明けの晩】とは………
明日か今日です。昨日や明後日ではありません…。
明日か今日です………
【夜明けの晩】は【明日か今日】です。
【夜明けの晩】は【あすかきょう】です。
【夜明けの晩】は【飛鳥京】なのです。
そして…飛鳥京に鶴と亀は統べっているのです。


イスラエルからきたユダヤ
そのユダヤ人が造った都
その条坊の中に隠された飛鳥は
何時・何時発見されるのか
(それは一対・一対で存在している)
飛鳥京に
鶴と亀の地上絵がひとつにまとまっている
うしろの正面はヤハウエで在る。
†††††††††††††††
統べての答えは、この本に書いて在ります。

一対・一対で居ゃる内の、一対は地上絵の親鳥と雛鳥。もう一対はユダヤの至宝アークのケルビム。
うしろの正面が何故、ヤハウエ なのか…。
本の中に、その答えも書いてあります。
そう!かごめ唄 は、完全解明が終了しているわけです。
かごめ唄は、私の飛鳥なくては解けない謎だったのです………
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