
「文豪、社長になる」門田慶喜 文藝春秋
文藝春秋の創設者、菊池寛のバイタリティ溢れる波乱の生涯
文藝春秋を創刊するに当たり、既に世に名が知れていた親友の芥川龍之介に巻頭の作品を依頼するところでは、依頼を断る芥川に対し、「書いてくれ」と何度も言い続ける寛
『…何度も同じ文句を繰り返した。芥川のような繊細な人間には結局これがいちばん効くのだ。「いや…」とか「まあ…」とか曖昧な返事をしたあげく「わかったよ」と力なくうなずいた。』
やり手の菊池寛らしい口説き落とし方🤭
親友である芥川龍之介、同時期に知り合う直木三十五(当時は三十三🤪)の早逝した2人の名を冠にした文学賞を立ち上げる
菊池寛を「きくちひろし」とフルネームで呼ぶ芥川龍之介との関係と感情表現があまり上手くない直木三十五についての逸話と看取りの話がいい
菊池寛自身も、日頃の不摂生と多忙の蓄積で狭心症の持病があり、還暦を迎えることなく亡くなる
自分はもう亡くなるのではないか、と今まで妻に苦労をかけたことを詫だし、妻には口紅一本も買ってやらずにいたのに、芸者に高価な帯を買ってやっただの、女優と浮気しただのと妻に懺悔のような寛の言葉に妻がユーモアたっぷりに返す場面は門田慶喜らしい面白さのある言葉選び
史実にもとづくフィクションなのだが、まるで本人が語っているように思える文章だった
文中の菊池寛は、とてもいきいきとしている