2ちゃんねるのゲゲゲスレ見てて、引っかかったのは、「ひとりごと」の多用を、安易な脚本だと批判する人がいたこと。

でも今まで「脚本の書き方」の本などでも、「ひとりごと」は少なくするように、なんて見たことない。

まさか、語りと「ひとりごと」を混同している人はいないだろうが、確かに語りは多い。でも「テレビ小説」は新聞小説のテレビ版として始まったので、小説の地の文ぽい語りを入れるのが元々特徴のドラマ。

説明的ひとりごとが多い、と言いたいのか?

俺は、的外れだと思う。

先週、シゲルと音松が喫茶店でひとりごと言い合ってたけど、そのひとりごとの応酬が落語みたいで面白かった。

フミエが、「あーあ、貧乏で生活が苦しいなぁ」

とひとりごと言ったら、つまらない。

でも木の葉持って「あーあ、これが百円札に変わらんかなぁ」

というのは、もはや小道具を使った「表現」。

一回から見てるが、語りやひとりごとが問題だと思ったことは一度もない。