「秀と母」 第五章(最終章)
第129話 手をつないで
街中で幼い子供と母親が手をつないで歩くのを見かけると微笑ましい気分になる。母親が子供に優しく声をかけたり、抱っこしてあげたり。走り出した子供を心配して追いかけたり。自分が幼い時、こうして母に手をつないでもらい、守られ育てられていたのだと分かる。子を想う母の優しさにあらためて感動する。
幼い頃の思い出がよみがえる。
幼稚園でお漏らしをした時は、母が替えの下着を持って来て倉庫で履き替えさせてくれた。
運動会の時は美味しいおにぎりを作ってくれた。
風邪を引いた時は自転車に乗っけて病院に連れて行ってくれた。家では水枕を敷いてお粥を作ってくれた。瓶の冷たいヨーグルトを買って来てくれて、食べると熱が下がる気がした。
海へ行った時は波打ち際で遊んでくれた。
冬の寒い日に冷たくなった手を両手で包んで温めてくれた。
寝る前に童話の本を読んでくれた。
そんな母の優しさ、温かい思いやりが嬉しくありがたい。
幼い頃は出かける時にいつも手をつないでいた。
母と生協へ買い物に行くと、母が少し目を離した隙にはぐれてしまった。つないでいた手を離してしまったから。
急いで近くにいた母を探す。母の手を見つけて、その手を握って見上げると、まったく別人の主婦。人違いだった。
「あ~!すみません!」
母が謝りながら明るく笑って近づいてくる。急いで母と手をつなぐ。今度は本物の母の手に安心した。母と手をつなぐ嬉しさ。母の手の温もりに心が安らいだ。
この時のことは母も覚えていて、思い出して話しては一緒に笑っていた。
小学生の頃、母と手をつないで歩いていると、向こうから同級生の女の子が二人で歩いて来た。母と手をつないでいたことが恥ずかしくなり手を離したこともあった。
大人になるにつれて、母と手をつなぐ機会はなくなっていく。もう母と手をつなぐことはないと思っていた。母が余命を宣告されるまでは。
最期に通院していた時、母を支えようと自然と手を差し出した。母が恥ずかしがって「いいよ、自分で歩けるから」と断られると思ったら、すぐ手を握ってくれた。幼い時以来、母と手をつないで歩いた。
家を出て車に乗るまで、病院に着いてから診察室まで歩く間、母と手をつないで歩いた。一歩ずつ、ゆっくりと。
人に見られても恥ずかしいとも思わない。母の支えとなっていることが嬉しかった。小学生の時に離した手を、今度はしっかりとつないで歩いた。通院する時はいつも自然に手をつないだ。何を話すわけでもないが、お互い手をしっかりとつないで歩いた。母の手の温もりを感じながら。
幼い頃に母と手をつないだ時と、大人になって母と手をつないだ時が重なる。母ともう一度、手をつなぐことが出来て本当に良かった。神様に感謝。
手をつなぐことは人と人が支え合い、相手のことを思いやる大切なこと。
またいつか母に会えたら嬉しい。一緒に笑いながら話ができたら嬉しい。
あの日のように、また手をつないで。