ちょっとだけ“秀でた世界” -35ページ目

ちょっとだけ“秀でた世界”

マニアックでちょっぴりディープな世界をジョジョに奇妙なお届け♪

「秀と母」 第三章 

第57話 通院の始まり

 

 2011年1月3日

 年明け最初の通院の朝。長兄が車を出してくれた。母が乗る前に、いつも暖房で車内を温めてくれている。

 外は寒いので母の防寒対策ばっちりOK。厚手の上着にマフラーをして、島田のお姉ちゃんが作ってくれた毛糸の帽子を被り、風邪を引かないように、院内感染しないようにマスクをする。あとは手袋をして完璧だ。

 

 

 家の近所の路地に停めた車まで、玄関から母の手をつないで連れて行く。転ばないように注意しながらゆっくりと歩く。母も足元を注意しながら僕の手をしっかり握る。母の手のぬくもりが伝わってくる。いつもなら歩いて数十秒の場所が遠く感じる。少しでも早く温まった車に母を乗せたい。

 

 車に乗せる時は母が足を滑らせないように、手を添えてサポートする。母の手を挟まないように、ゆっくりとドアを閉める。父と次兄は母の隣に乗り、僕は助手席へ。車がゆっくりと走り出す。

 

 

 晴れた空。道路もそんなに混まず順調に病院へ向かう。散歩中の犬を見つけると、すぐ母に声をかける。

「お母さん!あの犬、可愛い~!」

「ほんとだ、可愛いね~!」

 僕も母も犬が大好きだ。母は若い頃、静岡の実家で秋田犬を飼っていた。名前は「さぶ」と「いち」で、とても可愛がっていたという。

 

 母は犬の種類にも詳しく、どの犬も大好きだ。犬を見ると母の顔がほころぶ。昔から犬を見かけるたびに母と盛り上がる。特に大好きな柴犬を見かけた時は大盛り上がり。母との犬の話は楽しい。

 

 

 病院の玄関入り口へ到着する。僕は先に降りて、母の席のドアを開ける。母が下りる時に転ばないようサポートする。降りるとすぐに母と手をつなぐ。ゆっくりと歩いて自動ドアを抜けて一階の受付へ向かう。

 父が受付を済ませてくれる間に、母とロビーのソファに座る。車を停めに行っていた長兄と次兄が来る頃に父が受付票を持って来る。

 

 

 まずは採血室へ。僕らは廊下で待つ。カーテンに遮られて中は見えないが、母が呼ばれて席に着くのは見えた。しばらくして腕を押さえた母が出て来るとホッとする。腕の静脈で血が取れない場合は、手の甲の血管から採血するので、とても痛いそうだ。母の手の甲が内出血して痛そうな時は可哀想だった。

「手の甲、痛い?」

「大丈夫だよ」

 本当はとても痛いのに心配させまいとする母。

 

 

 採血が終わると主治医I先生の診察室へ。移動する時はいつも母と手をつなぐ。

「手をつながなくていいよ。恥ずかしいでしょ?」

 母は気遣ってくれる。

「全然、大丈夫だよ」

――恥ずかしいことなんて全くない。

 母は照れ屋だから恥ずかしいかもしれないが、僕は気にせず病院の中を堂々と母と手をつないでゆっくりと歩く。自分が母の支えになっていると思うと嬉しかった。

 母の足に力が入らない時に、手をギュッと握り頼ってくれる。母の役に立てることがとても嬉しい。

 

 

 診察に呼ばれるまでは廊下のソファに座って待つ。母の喉が渇いた時用にミネラルウォーターをペットボトルで持って来ている。

「お母さん、水飲む?」

「うん。ありがとう」

 ゆっくりと飲む母。水分補給は大事だ。

 

 

 母は退屈しのぎに両手の指を重ね合わせて、人差し指だけクルクルと器用に回す。脳と身体をリラックスさせる「指回し体操」だ。母は回転が速い。僕がやってみると遅くて自分で笑ってしまう。

「お母さん、早いね~!」

「そう?」

 母は照れながらもクルクルと回す。人差し指の高速回転。

 小柄の母が毛糸の帽子を深く被り、マスクして座り、人差し指をクルクル回している姿がとても可愛く微笑ましかった。

 

 

 年明け最初の診察日のためか、病院内は特に混んでいたが、ようやく母の番になった。母と一緒に父と診察室へ入る。I先生が採血の結果を見る。

「安定していますね」

 その言葉を聞くとホッとする。

 

 

 この日は治療室で血小板の補充をした。母が点滴してもらって待つこと一時間ほどで無事に終了。あとは僕が処方箋を持って院外の調剤薬局で薬をもらって帰るだけ。母には院内の温かいロビーで待ってもらう。

 

 

 母が飲む薬は種類と量が多いので1袋ずつに分けてもらう一包化に時間がかかる。薬局から病院へ戻るタイミングで父にメールして、帰りの準備をしてもらう。長兄には車を取りに行って車内を温めておいてもらう。すべて準備に抜かりなし。

 薬も出来て、母の待つ病院へ戻る。

「お待たせしました」

――さぁ、家に帰りましょう。お昼は家で何を食べよう?

 普通に家に帰れることが嬉しい。

 今後も中4日~5日位のペースで先生に診てもらいたい。

――これからも細心の注意を払いながら、しっかりとみんなでお母さんを支えて行こう。

 

 

 このまま通院で体調が安定しますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「秀と母」 第三章 

第56話 母とのお正月

 

2011年1月2日

谷中七福神巡り途中の富士見坂

 

 

2011年1月2日

谷中七福神巡り途中。上野高校近くに咲いていたスイセン

 

 

2011年1月2日

谷中七福神巡りのゴールは上野恩賜公園の弁財天

 

 

 2011年1月1日

 朝起きて母と新年の挨拶。

「お母さん、おはよう。明けましておめでとう」

「おはよう。明けましておめでとう」

 母と新年の挨拶が出来て嬉しい。

 

 茶の間に家族みんなで母を中心に座ると、子供の頃のお正月を思い出す。昔は父も母も着物を着ていた。上から割烹着を着た母がせっせと御節の用意をしてくれた頃が懐かしい。

 

 家族五人そろうと、狭い部屋がさらに狭くなるが、それがまた心地良い。父は茶の間の真ん中に座り、隣に母が座る。毎年の定位置だ。

 母がそこにいてくれるだけで嬉しい。家族みんなでお猪口を手に持ち新年の挨拶。

「新年、明けましておめでとうございます」

父の音頭で乾杯。母の退院祝いを込めてみんなでもう一度乾杯。

「お母さん、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 照れる母。

 

 

 早速、御節とお雑煮を食べる。「爆笑ヒットパレード」を見て笑う。母との何気ない会話がみんな嬉しい。それにしても母の味付け錦玉子が美味しい。あっさり薄味だが、僕ら家族の舌に合う絶妙な美味しさ。

「お母さん、錦玉子凄く美味しいよ!」

「そう。良かった」

 喜ぶ母の笑顔。

――本当に美味しい!!

 今まで毎年当たり前のように食べられたありがたさ。

――来年も食べたいなぁ・・・。

 口には出さなかったが、心からそう願う。

 

 母の味付け栗きんとんは長兄の大好物。美味しそうに黙々と食べている。みんな母がいるから楽しくて食も進む。僕はお酒を飲んで良い気分。そろそろお雑煮を食べたくなってくる。

 

 朝早くから煮込んでいたお雑煮の大きな鍋を父が運んでくる。良い匂いに食欲が増す。静岡県出身の母が東京へ来てから習った関東の醤油のお雑煮。母の実家とは異なる味付けに、最初は作ることが難しかったようだ。

 父が言うように努力家の母は、結婚当初から料理の勉強をたくさんした。母の味が浅賀家の味。お雑煮は純粋な関東風の味付けではないが、醤油ベースに鶏ガラの出汁が効いて美味しい。母の作るお雑煮は大好きだ。

 

 今回は父が母から指示を受けながら作ってくれた。もちろん味付けは母。

 お雑煮に花鰹をたくさんかけて食べるのが好きだ。かつお節が汁に濡れると生き物のように動くのを見て、子供の頃からそれを「生きてる」と呼んでいた。母と僕の共通語である。かつお節がほしい時は、「お母さん、『生きてる』ある?」とよく聞いていた。

 

 今まさに生きている母と重なる。「生きてる」をお雑煮にたっぷりとかける。大ぶりの花鰹が汁に濡れて大きく揺れ動く。

「お母さん、『生きてる』凄いよ」

「ほんとだ。凄いね」

 母も動く花鰹を見て笑顔になる。

――さぁ、いただきます!

 

 毎年、年末になると母の故郷、静岡の実家からお餅が送られて来る。これがまた美味しいお餅。お米の質が違うためか、もっちり柔らかく美味しい。そこへ持って来て母の味付けで絶妙の美味しさになるお雑煮。

 お椀にお餅を二個ずつ入れてくれるが、すぐ食べてすぐおかわり。美味しくてまたすぐ食べてまたおかわり。美味しくて六個は食べる。

 お正月の三が日。飽きることなく美味しくお雑煮を食べられた。夜も家族そろって楽しい食事。母がいてくれるお正月はとても嬉しい。

 

 1月2日は毎年恒例の谷中七福神巡りへ。母には家で休んでもらい、いつもは行かない長兄も一緒に、父と次兄のみんなと母の健康祈願で谷中を回った。

 七福神の神様一つ一つに母の健康を願う。

「お母さんの体調が良くなりますように。まだまだ長生きしてほしいです。どうかお願いします。お母さんが長生きできますように。お願いします!お願いします!」

 

 七福神巡りの最後は弁財天の上野弁天堂へ。ここはたくさんの参拝客で長蛇の列になる。いつもなら「気持ちだから」と冗談を言いながら本堂への列には並ばずに、遠くからお祈りをして終わらせる。でも今回は母のために、ちゃんと並んでお詣りをした。御朱印も集めて、これで七福神のご利益パワー全開だ。

 母に御朱印をプレゼントすると喜んでくれた。

――元気パワー注入、間違いなし!

 

 1月3日は父の誕生日。例年ならお正月と誕生日でおめでたい日だが、今回は母の年明け最初の通院日となった。家族で普通に三が日を楽しんでいた頃が懐かしい。

 

 子供の頃のお正月を思い出す。テレビはドリフターズ全盛期で、茶の間で家族そろって大笑いして見ていた。僕らがテレビを見ている時に、母が後片付けを始める。台所へ御節の残りやお皿などをみんなして運ぶ。

 母は腕まくりをしてせっせと洗い物を始める。僕らはこたつに入りみかんを食べ、ドリフを見て大笑い。そんな楽しい時間を過ごせた頃が懐かしい。

 

 それでも今までのお正月で、今回が一番の幸せを感じた。母の命と向き合い、みんなで母を想い、家族で楽しく過ごせた。母がそこにいてくれるだけで、嬉しく幸せなお正月となった。

 

 

 来年のお正月も母と一緒に過ごせますように。

 

 

 

 

 

 

「秀と母」 第三章 

第55話 母との大晦日

 

2010年12月31日

大晦日の谷中銀座

 

 

可愛いモフモフ犬を発見。母に写真を見せると喜んでくれた。

 

 

可愛いジャックラッセルテリアも発見!

母は犬が大好きなので「可愛いね」と喜んでくれた。

 

 

母が家に戻って来た年末。

大晦日に嬉しい気持ちで谷中銀座を歩いた。

 

 

 2010年12月31日

 母が家に帰って来たことが嬉しく、わくわくの大晦日。

 大掃除も終えて生協へたくさんの買い出し、御節の準備と大忙し。今まで母がすべてひとりでやってくれたことを、父と兄たちと手分けして適材適所で行動し、お正月の準備に取り掛かる。母にはゆっくり休んでもらって、みんなそれぞれの仕事を母から教えてもらいながら行うのが嬉しい。

 

 父はお雑煮作りの準備。鶏ガラで出汁を取り、里芋を剥き、大根を切る。

「私が味を見るよ」

 母が味見する。

「うん、良いね」

 父が喜ぶ。ちょっと味見させてもらった。

――おおー!美味しい!!

 母の味はやっぱり美味しく嬉しかった。

 

 お正月の御節で僕ら家族が一番楽しみで大好きだったのが錦玉子。わが家では錦玉子を家族全員で作るのが毎年恒例。玉子を茹でて白身と黄身に分け、ボウルに裏ごし器を入れて、しゃもじで白身と黄身を網目にすり潰す。この作業を続けると腕が疲れるが、完成した時の美味しさもひとしお。

 

 子供の頃から毎年、ゆで玉子を裏ごしするのが大晦日の日課だった。大量のゆで玉子を僕ら兄弟で交代しながら裏ごしする。それを母が固めて砂糖と塩で味付けする。さっぱりとした甘さで、飽きずにいくらでも食べられる絶妙な美味しさ。

 今年も母の味付けで錦玉子を食べられることがとても嬉しい。ちょっとつまんで食べてみる。

――やっぱり美味しい!!

 母の味だ。このまま味見を続けると止まらなくなるので我慢我慢。

 

 わが家は栗きんとんも手作り。さつま芋を茹でて、こちらも裏ごしする。僕ら三兄弟「裏ごし隊」が錦玉子に続いて、さつま芋の裏ごしを開始。こちらも母の味付けで、これまたやはり美味しい。お雑煮、錦玉子など、今まで母が味付けしてくれたことが、実はどんなにありがたく幸せなことだと分かる。

 

 買い物担当の僕は、お正月で飲むお屠蘇のお酒を買いに行く。父の希望の日本酒、高知県「司牡丹」を探しに谷中へ。出かける前に、奥の部屋の母に声をかける。

「もし電話が鳴ってもお母さんは出なくていいからね。誰かしら出るから大丈夫。お母さんに用がある時は代わってもらうから」

 もし誰か知り合いからの電話が来ても、母が自分の病状を話さなくて済むようにとみんなで配慮した。

 

 谷中を歩き回って、いろんな酒屋さんに行ったが司牡丹は置いてなかった。どうしようか母に聞こうと家に電話すると、

「もしもし?」

 母がいきなり出てくれた。電話は出なくていいからと言ってあったのに、最初に出てくれた。とても嬉しかったが、どうして最初に電話を取ったのか聞いてみる。

「お母さんが最初に出てくれたからびっくりしたよ!」

「きっと秀郎ひでおからの電話なんじゃないかなぁ、と思って」

 以心伝心。母と心が通じている。とても嬉しくなった。

「お父さんが飲みたい司牡丹は探し回っても見つからないんだけど、どうしようか?」

「もう大変だから探さなくていいよ。あるものでいいからね」

 優しい鶴の一声で、これ以上歩いて探さずに済んだ。谷中銀座の「越後屋本店」で、司牡丹と同じ高知の日本酒「土佐鶴」を購入。こちらも飲みやすくて美味しい。

 

 家に帰って「ただいま~!」と言うと、母が「お帰り~!」と言ってくれる。たったそれだけのことがとても嬉しい。母が家にいることが心から嬉しい。母の声を聞くと安心する。母の存在感は大きい。

 

 夜になり、年越しそばを家族で食べる。母の指示を受けて父が作ってくれた。僕は蕎麦よりもうどんが好きなので、ひとり年越しうどん。

 毎年の大晦日。母が忙しい中、年越しうどんを作ってくれたことを思い出す。母が作る関西風さっぱり味が大好きだった。

 母が笑いながら文句を言う。

「ひとりだけ、うどん作るの大変なんですよ~!」

 そう言いながらも作ってくれたのが嬉しかった。変わらぬ美味しさ、母のうどん。

――来年はもう食べられないかもしれないなぁ・・・。

 切なく寂しくなったが、そんなことよりも今は母が生きていてくれるだけでいい。家事は僕らが分担するから、ゆっくり休んで、少しでも体調が良くなってほしい。

 

 母と一緒に家族みんなで年越し蕎麦を食べる。僕だけ年越しうどん。母は海老が大好きなので、生協で買った海老の天ぷらを入れた。大晦日に家族そろって食べられる幸せ。母も僕らもみんなが嬉しい顔になる。みんなでテレビを見てわいわい笑う。食後にこたつでみかんを食べる。母との何気ない会話が嬉しく楽しい。そんな普通に過ごせることがとても幸せに感じた。

 

 年越しの時間。今までなら母も一緒に地元の八幡神社へ初詣に行っていたが、今年は家でゆっくり休んでもらった。みんなで母の分までお詣りに行く。

 

 神社で参拝を並んでいるうちに日付が変わって年が明ける。

「明けましておめでとうございます」

 父と兄たちと新年の挨拶をする。

 深夜の寒い中、参拝の順番待ち。ようやく僕たちの番。願いはひとつ。

「お願いします。どうか、お母さんが少しでも長生きできますように。お願いします!お願いします!お願いします!」

 

 父も兄たちも願いは同じ。母の健康を心から祈った。感謝も忘れずに。

「お母さんが家に帰ることが出来て、本当にありがとうございます!ありがとうございます!心から感謝いたします」

 

 母の分まで祈り、心新たに新年を迎えることが出来た。母と過ごす大晦日がこんなにも嬉しく幸せなことだと、あらためて気づく。思い出に残る大晦日になった。