「秀と母」 第三章
第57話 通院の始まり
2011年1月3日
年明け最初の通院の朝。長兄が車を出してくれた。母が乗る前に、いつも暖房で車内を温めてくれている。
外は寒いので母の防寒対策ばっちりOK。厚手の上着にマフラーをして、島田のお姉ちゃんが作ってくれた毛糸の帽子を被り、風邪を引かないように、院内感染しないようにマスクをする。あとは手袋をして完璧だ。
家の近所の路地に停めた車まで、玄関から母の手をつないで連れて行く。転ばないように注意しながらゆっくりと歩く。母も足元を注意しながら僕の手をしっかり握る。母の手のぬくもりが伝わってくる。いつもなら歩いて数十秒の場所が遠く感じる。少しでも早く温まった車に母を乗せたい。
車に乗せる時は母が足を滑らせないように、手を添えてサポートする。母の手を挟まないように、ゆっくりとドアを閉める。父と次兄は母の隣に乗り、僕は助手席へ。車がゆっくりと走り出す。
晴れた空。道路もそんなに混まず順調に病院へ向かう。散歩中の犬を見つけると、すぐ母に声をかける。
「お母さん!あの犬、可愛い~!」
「ほんとだ、可愛いね~!」
僕も母も犬が大好きだ。母は若い頃、静岡の実家で秋田犬を飼っていた。名前は「さぶ」と「いち」で、とても可愛がっていたという。
母は犬の種類にも詳しく、どの犬も大好きだ。犬を見ると母の顔がほころぶ。昔から犬を見かけるたびに母と盛り上がる。特に大好きな柴犬を見かけた時は大盛り上がり。母との犬の話は楽しい。
病院の玄関入り口へ到着する。僕は先に降りて、母の席のドアを開ける。母が下りる時に転ばないようサポートする。降りるとすぐに母と手をつなぐ。ゆっくりと歩いて自動ドアを抜けて一階の受付へ向かう。
父が受付を済ませてくれる間に、母とロビーのソファに座る。車を停めに行っていた長兄と次兄が来る頃に父が受付票を持って来る。
まずは採血室へ。僕らは廊下で待つ。カーテンに遮られて中は見えないが、母が呼ばれて席に着くのは見えた。しばらくして腕を押さえた母が出て来るとホッとする。腕の静脈で血が取れない場合は、手の甲の血管から採血するので、とても痛いそうだ。母の手の甲が内出血して痛そうな時は可哀想だった。
「手の甲、痛い?」
「大丈夫だよ」
本当はとても痛いのに心配させまいとする母。
採血が終わると主治医I先生の診察室へ。移動する時はいつも母と手をつなぐ。
「手をつながなくていいよ。恥ずかしいでしょ?」
母は気遣ってくれる。
「全然、大丈夫だよ」
――恥ずかしいことなんて全くない。
母は照れ屋だから恥ずかしいかもしれないが、僕は気にせず病院の中を堂々と母と手をつないでゆっくりと歩く。自分が母の支えになっていると思うと嬉しかった。
母の足に力が入らない時に、手をギュッと握り頼ってくれる。母の役に立てることがとても嬉しい。
診察に呼ばれるまでは廊下のソファに座って待つ。母の喉が渇いた時用にミネラルウォーターをペットボトルで持って来ている。
「お母さん、水飲む?」
「うん。ありがとう」
ゆっくりと飲む母。水分補給は大事だ。
母は退屈しのぎに両手の指を重ね合わせて、人差し指だけクルクルと器用に回す。脳と身体をリラックスさせる「指回し体操」だ。母は回転が速い。僕がやってみると遅くて自分で笑ってしまう。
「お母さん、早いね~!」
「そう?」
母は照れながらもクルクルと回す。人差し指の高速回転。
小柄の母が毛糸の帽子を深く被り、マスクして座り、人差し指をクルクル回している姿がとても可愛く微笑ましかった。
年明け最初の診察日のためか、病院内は特に混んでいたが、ようやく母の番になった。母と一緒に父と診察室へ入る。I先生が採血の結果を見る。
「安定していますね」
その言葉を聞くとホッとする。
この日は治療室で血小板の補充をした。母が点滴してもらって待つこと一時間ほどで無事に終了。あとは僕が処方箋を持って院外の調剤薬局で薬をもらって帰るだけ。母には院内の温かいロビーで待ってもらう。
母が飲む薬は種類と量が多いので1袋ずつに分けてもらう一包化に時間がかかる。薬局から病院へ戻るタイミングで父にメールして、帰りの準備をしてもらう。長兄には車を取りに行って車内を温めておいてもらう。すべて準備に抜かりなし。
薬も出来て、母の待つ病院へ戻る。
「お待たせしました」
――さぁ、家に帰りましょう。お昼は家で何を食べよう?
普通に家に帰れることが嬉しい。
今後も中4日~5日位のペースで先生に診てもらいたい。
――これからも細心の注意を払いながら、しっかりとみんなでお母さんを支えて行こう。
このまま通院で体調が安定しますように。






