「秀と母」 第三章
第70話 それだけのことが嬉しい
2011年1月18日
血小板の輸血のため病院へ向かう。血小板の鮮度を保つために事前に日程を決めて、輸血の当日に病院へ届けられる。この日は13時30分までに病院へ着かなければならない。血小板が届けられたら、決められた時間以内に輸血しないといけない。時間厳守で病院に到着した。
血小板の減少は心配だった。母が今までに経験したことのない状態だったから、不安だった。でも血小板が減ったら、「その都度、輸血します」と主治医のI先生から聞いていたので、前向きに考えるようにしていた。
しかし、僕らは母の体調に少しずつ変化が起きていることに、この時はまだ気づいていなかった。なぜなら日々の生活の中で、ただ目の前に起きたことを一つ一つ対処していくことしか頭になかったから。それは余命宣告を受けた時から変わっていない。とにかく何でもいい、母が助かる方法があるのなら。少しでも体調がよくなるためなら何でも試してみたい。血小板の輸血で体調が維持できるのなら、どんどん輸血してほしい。
廊下の待合室で待っていると、看護師さんから処置室へ案内された。母がいつも採血をする場所だ。他の患者さんもいるので、処置室へ入れる人数は最小限に。まずは父と僕が一緒に入った。
母は診察台に横になり、血小板の輸血を始めていた。普段は患者さんしか入れない部屋なのだが、I先生の許可を得て入ることができた。母のそばにいると安心する。母も安心する。
処置室は狭い部屋で椅子も少ない。母の横でパイプ椅子に座り、点滴が落ちるのを見守る。点滴は約一時間ほどかかり、父と長兄と交代交代で処置室を出たり入ったりして母のそばにいた。I先生も様子を見に来てくださり嬉しかった。
人の出入りが多い処置室。ゆっくり眠ることもできない母と何気ない会話が続く。しばらくして母の顔に異変が起きた。額に小さな赤い斑点があることに気づく。輸血が終わる頃には、その斑点がたくさん増えて広がっていた。不安になり、すぐ看護師さんに報告してI先生に急いで来てもらった。
I先生の話によると、血小板の輸血は体質に合わない人の場合、こういう症状が出るという。すぐに対処用の点滴をしてもらうと、みるみるうちに赤い斑点が消えていった。またこのまま緊急入院になったらどうしようかと心配だった。ホッとした。
「お母さん、良かったね」
想定外の治療も加わり、帰宅が大幅に遅れて夕方になった。異変にもすぐ対応してくれたI先生、看護師さんたちのおかげで無事に血小板の輸血が終わって何より。
「ありがとうございました!」
心から感謝の気持ちを伝えた。
母と家に帰れる。それだけのことがとても嬉しい。