「秀と母」 第四章
第83話 明日になれば
2011年2月2日の夜
アルバイト先から病院へ直行した。朝から酸素マスクを付けていた母の様子が気になっていた。
――少しは体調良くなっただろうか?
「お母さん、調子どう?」
「ちょっと苦しい時があったから、酸素の(吸入レベル)上げてもらったけど、大丈夫だよ」
言葉に力が無い。
「熱は?」
「熱はそんなないよ」
「ご飯は食べれた?」
「ちょっと食べれなくて残しちゃった。ちゃんと食べないとね・・・」
「大丈夫だよ。お母さん、もともと小食だから」
母を励ます。話すたびに呼吸が乱れて苦しそう。会話するのも辛そうだ。
――あまりしゃべらせないで、今夜は早く休ませよう。
「秀郎がいるうちにトイレ行っておこうかな。起こしてくれる?」
酸素マスクを外す母。
「マスク外して大丈夫?看護師さん呼ぼうか?」
「大丈夫だよ」
母の背中に左手を入れて、右手で母の左肩を持ち、
「お母さん、いくよ。せーの!」
抱きかかえるようにゆっくりと上半身を起こす。
スリッパを履くのも大変そうだ。手伝いたいが、母はできるだけ自分でやりたいので、あまり手伝いすぎると「自分でできるよ」と言われる。
ベッドから立ち上がるのも大変だ。ゆっくりと立ち上がる母。
母の背中を支えながら、ゆっくりと歩きだす。一歩ずつ、一歩ずつ。
「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
そう言いながらも呼吸が乱れて苦しそうだ。
室内にあるトイレまで三メートルも無いのに、遠く感じるほど歩くのが大変な状態になっていた。とても心配になる・・・。
トイレから出た母に寄り添いベッドまで戻る。ようやくベッドにたどり着き、横になり酸素マスクを付ける。苦しそうな呼吸も少し落ち着くが、体が相当疲れている。トイレへ行くのも一苦労だ。
「お母さん、トイレ行く時は看護師さん呼んで連れていってもらってね」
「大丈夫だよ。ひとりで行けるよ」
「ひとりじゃ危ないだからさ。夜中でも遠慮しないで看護師さん呼んでね」
いちいち看護師さんを呼ぶと申し訳ないと遠慮する母に、本気のお願いをする。
「お母さん、看護師さんはそれが仕事だからさ。他の患者さんも何かあればすぐ呼んでいるし。もし転んだりしたら心配だから。遠慮しないで看護師さん呼んでね」
「分かったよ」
この子は一度言い出したら聞かない、仕方ないという笑顔になる母。
――明日の回復を見込んで、とにかく今夜は早く休ませよう。
「じゃあ、お母さん、今日はもう帰るよ。また明日の朝来るからさ」
「ありがとうね。気をつけてね」
「お母さん、イエーイ!」
「イエーイ!」
いつものスキンシップ。手の指ピース合わせから親指グー合わせ。母の力が弱く感じた。
「お母さんに、しつこいハグ~♪」
いつものハグをして母を笑わせる。
「じゃあね」
と、帰るふりをして恒例の反対側カーテンから顔を出す。また笑う母。
病院を出てから、父と兄たちに報告メールを打つ。
「夜は体が疲れていたようだけど、酸素マスクを付けているから、明日になれば少しは良くなるかと思う」
今にして思えば、この夜は母の体が相当弱っていた。でもまさかそこまで重い状態になっているとは、この時は思ってもみなかった。以前のように、酸素マスクで少しずつ回復していくはずだと思っていた。
――明日になれば、きっと。
きっと良くなる。そう信じていた。