「秀と母」 第四章
第105話 家族の夜
2011年2月7日
朝から晩まで時間の許す限り、ずっと母のそばにいた。今夜は母とわが家で過ごす最後の夜。
母と一緒に家族そろって寝よう。母の横で、近くで寝よう。
仏間では母の隣に父が布団を敷いて、僕らは部屋の境の襖を外して部屋をつなげ、茶の間に布団を敷いて寝た。
とにかく狭い家なので、家族みんなで寝ると狭くて布団はきちんと敷けない。敷布団を広げて、その上で雑魚寝する。
みんな「眠れるかな?」と言うわりにすぐ眠りについた。僕は明日の通夜、翌日の葬儀のことをいろいろ考えてしまい、母とのお別れの時を思うと、今夜が家族五人で過ごす最後の夜かと思うと、なかなか寝付けなかった。
子供の頃、毎年7月になると、父方の祖母と一緒に、千葉県大網白里市へ行った家族旅行を思い出す。
毎年泊まる海沿いの小さな民宿。離れの小さな部屋で家族みんなで寝た。僕はいつも母の隣で寝る。家で寝る時は、いつも左手の親指をおしゃぶり(通称チュッチュ)して眠っていた。旅先では、もし祖母に「見られたら恥ずかしい」と思い、チュッチュを我慢していると、なかなか寝付けなかった。
祖母が眠りについた頃、母が起きてそっと言う。
「もうチュッチュしても大丈夫だよ」
急いでチュッチュした。
「そんなに親指が美味しいの?」
「うん」
母が笑う。
「どんな味がするの?」
「カルピスの味」
「面白い子だね」
小声で笑う母。
「見つからないように見張ってるから大丈夫だよ」
と、言われ安心してチュッチュして眠りについた。
群馬県老神温泉へ行った家族旅行の夜を思い出す。父や兄たちのいびきが凄くて眠れなかった。何度か寝返りを打つと、母が声をかけてきた。
「眠れないの?凄い(いびきの)大合唱だね」
眠れなくてモヤモヤしていたが、母の楽しい一言に笑って救われた。そんな母の明るさが好きだった。
楽しかった思い出を、もう語り合えない寂しさ。
母との思い出がいくつもよみがえって寝付けない。みんなが眠っている中、起きて母の方を見る。
――あの時の夜のように話せないかな。
そう願うが、もうそれも叶わない。
明日は通夜。「お別れが近づいて来る」と考えてしまうと、また寝付けない。それでも、わが家で最後の夜を、家族みんなで過ごすことができて良かった。
――お母さんもきっと喜んでいる。
それが何より。