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ちょっとだけ“秀でた世界”

マニアックでちょっぴりディープな世界をジョジョに奇妙なお届け♪

「秀と母」 第五章(最終章) 

第108話 心にぽっかり穴が空く

 

「心にぽっかり穴が空く」というのは、こういう気持ちなのだと分かった。

 母を失った途方もない喪失感。何をしても寂しかった。

 

 葬儀から二日後に雪が降り、寂しくなった。

 相続の書類に必要な実印を買いに行き寂しくなった。母が貯めてくれたお金を取りに郵便局へ行った帰り道、寂しくて涙が出た。

――お金なんかいらないから、もっと一緒に暮らしたかった・・・。

 

 毎朝、起きるたびに母がいなくなったことを実感して寂しくなった。母の裁縫道具やお気に入りの洋服を見ては、寂しくて涙が出た。母の使っていた物は何を見ても涙が出た。

 朝の洗濯は母の衣類を洗うことが無くなり、母がいなくなった寂しさを実感した。生活必需品の買い物以外は外出する気も起きなかった。

 

 母が生きていれば。たとえ入院中でも生きていてくれさえすれば、それで嬉しかった。母を失った寂しさ。この喪失感は言葉では言い表せない。親を亡くすのはいつか通る道だとはいえ、それがこんなに早く訪れるとは思ってもみなかった。

 寂しい日々を過ごす。

 

 食事の時に台所で母が座っていた席を見ると、そこに母はいない。つい先日まで、そこに座って一緒にご飯を食べた。もう一緒にテレビを見て笑うことも出来ない寂しさ。

 健康に生んでくれた母のおかげでご飯が食べられる。母に心から感謝した。同時に深い喪失感を感じて、ご飯を食べながら涙が出てくる。ただ普通に、一緒に食べれられた幸せを想う。

 

 心の救いは毎朝のお参りの時、遺影に写る母の笑顔を見ること。母の笑顔に心が安らぐ。遺影に声をかける。

「お母さん、おはよう」

 

 帰宅してお参りする。毎朝毎晩、お参りをしないと心が落ち着かなかった。

 最初は手を合わせるだけだったが、父が毎朝、般若心経をあげているのを見て、声を出してみたくなった。それこそ急には覚えられないので、始まりは経本を読みながら。

 

 毎日少しずつ覚えていって、ようやく読まずに般若心経をあげられるようになった。お坊さんのように上手には唱えられないが、気持ちを込めて毎朝お経をあげた。そうすることで母が喜んでくれるなら嬉しい。 

 

 母の喜びは僕の喜び。僕の喜びは母の喜び。僕が嬉しい時は、母もきっと嬉しいはず。母が喜んでくれるなら、何でもしてあげたい気持ちになる。

 

 

 

 

 

 

「秀と母」 第四章 

第107話 旅立ち

 

 2011年2月9日

 昨夜はあれだけ雪が降っていたのに、この日は朝から晴れ上がった。

 

「私は晴れ女だから」と明るく言っていた母。確かに何か大事な日はよく晴れた。しかし、さすがに今日は無理だと覚悟していたら、まさかの快晴。親戚一同みんなも驚いた。

――お母さんの晴れパワーは凄い!

 これも母の日頃の行いが良かったおかげだ。

――また神様がプレゼントしてくれたんだ。お母さん、良かったね。

 

 太陽の光で雪が溶けていく。

 島田のおばちゃんが足を悪くしていたので、雪で足元が大変だと心配していた。その想いが母に通じたのか。

――大好きだった姉、島田のおばちゃんのために、お母さんが神様に晴れますようにと、お願いをしてくれたのかな。

 

 式場にはたくさんの人に来て頂けた。母が尊敬して大好きだった洋裁の野島先生も来てくださった。

 

 桜の季節に、母と都電荒川線お花見の旅へ行った時、野島先生と偶然お会いしてご挨拶をした。しかし、大変失礼ながら野島先生の顔をよく覚えていなかった。それなのに、この日はなぜか野島先生がいらした時に一目見て直感で分かった。母が教えてくれたのかもしれない。「野島先生が来てくれたよ」と。

 

「野島先生、ありがとございます。三男の秀郎ひでおです」

「千恵子さん、まだお若いのに、とても残念です」

 野島先生が涙ながらにそう言ってくださった。お話をしていると、母が野島先生を大好きだった理由が分かる。上品で優しくて温かい大きな心の持ち主だ。野島先生と話をしていると、まるで僕の中に母がいて、僕を通じて母と野島先生が会話しているような不思議な感覚になった。

 

 野島先生は足が悪く、杖をついてまで来てくださった。母のためにありがたい限り。付き添いの長女のSさんもとても優しい方だ。

「母は野島先生のことが大好きだったので、とても喜んでいると思います。来ていただけて嬉しいです。ありがとございます!」

 母の分まで感謝の気持ちを伝えることができて良かった。野島先生の優しい慰めのお言葉がありがたく、涙が出た。

 

 葬儀が始まる。地元のお寺の住職にお経上げをして頂いた。その間、ずっと母の遺影を見ていた。棺の近くには母が大切にしていた思い出の品が飾ってある。母の眼鏡、お気に入りの左胸に犬の肉球マークの洋服、島田のお姉ちゃんが作ってくれた毛糸の帽子、お気に入りの毛糸のベスト、着物など。それらを見て泣いた。

 

 昨日以上に大泣きすると想定していた。泣いてコンタクトが外れて大事な式が見えなくなっては困ると思い、この日は眼鏡にした。

――これでたくさん泣いても大丈夫。

 実際、ずっと泣いていた。

 

「告別式に出席します」と返事があった、フレンチレストラン「ル・ブォータン」のシェフとマダムご夫妻が遅れて来てくれた。マダムは式場へ入る前から大泣きしていた。母のために泣いてくれてありがたい限り。

 シェフが、

「これ、お母さんと一緒に(棺に)入れてあげてください」

 と、母が大好きだったホタテ料理の写真をプレゼントしてくれた。

「なかなか良い写真が撮れなくて。遅れちゃってすみません」

 遅れてまで、母のために大好物だった料理を作って、写真に撮って来てもらえた。その優しさに感激してまた泣いた。心から感謝した。

 

 告別式。お別れのセレモニーが始まる。

 長兄が位牌を持ち、次兄が遺影を持ち、僕は父に寄り添う。

 

 父は気丈に振る舞って、来てくださった皆さまにご挨拶をした。もし僕がご挨拶をする立場だったら、泣いて泣いて言葉にならなかっただろう。しっかりとしたご挨拶ができた父は凄い。

 

 一緒に棺に入れてあげたいもの。父方の伯母が選んで干しておいてくれたベージュ色の着物は綺麗に輝いていた。母がお気に入りの左胸に犬の肉球マークの洋服。寒くないように毛糸のベスト。母を見守ってほしいと高崎の猫みいちゃんの写真。ル・ブォータンのシェフとマダムから頂いたホタテ料理の写真。

 

 最後にみんなで花を入れ、母に声をかける。お別れが悲しくてみんなが泣いた。僕はもちろん号泣。でも泣きながらも、きちんとお別れを言おうと決めていた。

「お母さん、ありがとうね」

 

 身内の男性が集まって棺を担いで出棺。母の棺を担ぐ時が来るとは思ってもみなかった。

 

 外に出ると空は快晴だった。父と一緒に霊柩車に乗り、親戚一同はバスに乗り火葬場へ向かう。晴れ渡る空の下、道路は混んでおらずスムーズに進んでいく。僕は助手席で母の遺影を持つ。母と本当の別れが近づいて来て、火葬場へ向かうのが嫌で嫌でたまらなかった。

 

 火葬場へ着くと、各場所で各ご家族がお別れをしていた。悲しみの家族がこれだけたくさんいる。涙を流す人たちの姿を見ると本当に辛い。もうすぐ順番が回ってくると思うと、とにかく嫌で嫌でたまらなかった。

 

 係員の人に呼ばれ、ついにお別れの時が来た。

 棺の小窓から母の顔を見る。綺麗で安らかな顔。悲しみが込み上げてくる。涙が止まらない。とても辛い。

 これで本当に最後のお別れ。

「お母さん、ありがとうね」

 最後のお別れほど辛いものはなかった。

 

 係員の人が深々と頭を下げる。扉がゆっくりと閉まっていく。

 みんなが泣いた。僕はその場にしゃがみこんで号泣した。

――あの明るい笑顔のお母さんが旅立ってしまった・・・。

 

 これほど辛い悲しみはない。僕は号泣して力が抜けて立てない。兄たちが抱えるように立たせてくれた。みんなの中で一番の大泣き。

 父の親友Hさんが「今日は君のワンマンショーだったね」と、元気づけようと明るく声をかけてくれた。心優しい慰めがありがたい。

 

 住職に聞きたいことがあった。旅立った母がどこに?どの世界にいるのか?住職は丁寧にあの世とこの世の話をしてくださった。話を聞いているうちに心が落ち着いていく。母も住職の話しを聞くのが好きだった。

 

 母を亡くした悲しみ。母も自分の母(静岡の祖母)を亡くした時は、今の僕と同じ気持ちだったのだと分かる。住職がおっしゃるには、「今はお母さんが心休まる世界に向けて、これから四十九日かけて準備をしているところです」と教わり、また少し気持ちが落ち着いた。

 

 住職にもう一つ聞きたいことがあった。母を亡くした日から、母のことを想うとすぐ泣いてしまう。しかも大泣き。静岡の親戚も「そんなに泣くと、お母さんが心配するよ。強く生きていこうね」と、悲しみを引きずらないように、ずっと泣き続けないよに、心配して励ましてくれていた。

 

 強く生きていかないといけないのは分かる。でも、母を失った喪失感はとてつもなく大きく、悲しくて泣いてしまう。泣き続けてしまう。やはり泣くのは我慢した方がいいのだろうか?住職に聞いてみた。

「いっぱい泣いてください。泣くのはそれだけお母さんへの愛情が深いという証。今に泣けなくなる時が来るかもしれないから、いっぱい好きなだけ泣いてください。大丈夫です」

 泣くのは弱さではなく愛情の深さだと教えてくれた。

――住職のお言葉にかこつけて、いっぱい泣こう。泣けるだけ泣こう。

 そう誓わないでも泣いてしまうけど。住職のお言葉に救われた。

 

 遺骨を持ち、斎場へ戻って精進落としの食事。母の陰膳を用意してもらえて嬉しかった。

 献杯の挨拶は静岡のお兄ちゃんにお願いした。

「では、チーコちゃんに献杯」

 いつもの呼び方で「チーコちゃん」と言って献杯してくれたことがとても嬉しかった。飾らない言葉に愛情が込められていた。感動してまた泣いた。

 みんなの優しさに包まれて、母も喜んでいると感じた。

 

 精進落としの食事が終わり、静岡の親戚を駅まで見送った。母が愛する静岡のみんなの帰りを見送るのはとても寂しい。駅の改札で大きく手を振りながら、大泣きした。でも、泣いたのは寂しいからだけじゃなく、「お母さんのために来てくれて本当に嬉しかった。ありがとう!」と、感謝した大泣きだった。

 この時、僕の中に母の喜びの感情が溢れてきたように感じた。

――お母さん、みんな来てくれて良かったね。

 

 通夜と告別式の二日間。母のために遠方から来て頂けた方、来られなくてもお気遣いのお言葉を頂けた方、すべての人たちに、心から感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

 

 

 

 

 

「秀と母」 第四章 

第106話 お別れの夜

 

 2011年2月8日

 通夜の日。父方の親戚も集まり、静岡の親戚も朝早くから来てくれた。

 

 葬儀社の方が母を丁重に運んで家を出る。母が家を後にした。もうこの家に戻ってくることがないと思うと悲しく寂しい。誰もが悲しい気持ちで涙を流した。

 母を乗せた霊柩車を見送り、みんなで歩いて斎場へ向かった。

 

 斎場の式場内はたくさんの白い供花が飾られていた。祭壇には先日決めた笑顔の遺影が置かれている。

 

 近所に住む主婦のTさんがスーツを着て式場にいた。母と生協の委員で一緒に出かけたり、食事をしたりした仲で、明るくさっぱりした良い人だ。互助会の会員であり、通夜と告別式のお手伝いをしてくれることになり、心強かった。

 母の安らかな顔を見て泣いてくれて、ありがたい。

 

 島田のおばちゃんが母の顔を見に来てくれた。

「綺麗な顔だよ、千恵子。こんな綺麗な顔で亡くなった人を見たことがないよ」

 と、目に涙を浮かべながら母を褒めてくれた。式場にいた親戚みんなが「見たことがない」と、母の顔色の良さに驚いていた。

 

 親戚や知人の葬儀を何度も経験しているが、ひいき目抜きで、これほど顔色が良く安らかな顔で亡くなった人をそうそう見たことがない。化粧を差し引いても、血色が良く綺麗な顔をしていた。母が入院中から頑張って食べていたからこそ、体が良い状態を維持できていたのだ。

――日頃の行いが良かったお母さんに、きっと神様からのご褒美だ。

 綺麗な顔が嬉しい限り。

 

 式でお供えに使う母のお茶碗と箸を取りに家に帰った。

 誰もいない家の中は、がらんとして寂しい。母の「存在」も、もうここには感じられない。母の「存在」は斎場へ行っている。なんだかどんどん寂しくなってくる。

――早く戻ろう。

 母のもとへ。

 

 夜になり、通夜がしめやかに営まれた。お経上げの最中に、あらためて母が亡くなったと実感した。悲しくて、やはり泣いてしまった。

 

 母のためにたくさんの人に来て頂けてとても嬉しかった。皆さまの優しさがとてもありがたくて、心から感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

 遺影を見た人が「良い笑顔の写真ですね」、「素敵な笑顔ですね」と口々に褒めてくださり嬉しかった。母の良い笑顔が皆さまの心に届いて何より。

 

 この夜は母と最期の夜になる。僕ら家族と島田のおばちゃん一家は、斎場内にある小さな部屋で一緒に泊まることにした。みんなの晩ご飯を買いに、島田のお姉ちゃん(従姉)と二人でコンビニへ買い出しに行く。

 

 歩きながら母の話になる。通院の時に母と手をつないで歩いたこと。足元に力が入らなかった母が手にグッと力を入れて、それを支えたこと。思い出すと泣けてくる。島田のお姉ちゃんと手をつないで再現する。

「チーコちゃん、頼っていたんだね」

 島田のお姉ちゃんの言葉にまた泣いた。母と長い付き合いの島田のお姉ちゃんが言うと、母の気持ちや想いが伝わってくる。少しでも頼ってくれて、少しでも母の力になれたのなら何より嬉しい。母が亡くなった悲しい想いを聞いてもらい、大泣きして歩いた。

 

 コンビニおにぎりで晩ご飯を済ますと、小さな部屋に敷けるだけ布団を敷く。前夜に続いてみんなで雑魚寝。「どうせ眠れないから」と、みんなが言う。襖ひとつ挟んで隣の式場には母が眠る。

 

「あ、雪だ!」

 誰かの声で、みんなが窓の外を見る。本当に雪が降っていた。しかも本格的に降り始めて、積もりそうな気配。明日の告別式の天気が心配になってきた。

 

 また寝付けない。今夜が本当に母と最期の夜だから。

 みんなが眠っている時、ひとり起きて式場の母に会いに行く。棺の小窓を開けて母の顔を見ると安心するが、同時に無性に寂しくなってくる。

「お母さん、お別れするの嫌だよ。あ~!ほんとに嫌だ。お母さん連れてどこかへ逃げたいよ・・・」

 先ほどは次兄と「お母さん担いで、どこかへ逃げ出したい気分だね」と冗談話をしていた。そんなことできるはずもないのに。どうにかしてこの現実から逃げ出したかった。

 

 その後もなかなか寝付けなくて、何度も母の顔を見に行って泣き言を言った。今までこれほど朝が来るのが嫌な夜はない。

――でも、明日はお母さんのために、しっかりと葬儀を行いたい。泣いてでも必ず。

 

 深夜、窓の外を見る。雪がしんしんと降っている。

――今夜に限って、なんで雪が・・・。

 

 母の旅立ちの日だけは、どうか晴れてほしいと願った。