中華街に関しては。このほかに
1.中華街の魅力 part1 https://sosamu02dhide.livedoor.blog/
2.中華街の魅力 https://plaza.rakuten.co.jp/sosamu02d/
もご参照ください。 お問い合わせはsosamu@ya2.so-net.ne.jp までお願いします
電話交換創始之地 http://www.timeslip-y.jp/minato/phone.html
歴史
1876年(明治9年)にスコットランド生まれのA.G.ベルが電話機を発明し、その翌年11月には工部省がベル電話会社の日本の代理店バヴィエル商会を通して電話を購入し、電信線を利用し横浜の電信分局と本省の間で通話実験に成功した。12月には工部省と宮内省の間に設置されたのが電話機実用の最初である。横浜では、神奈川県警察本署と堺町警察署との間に設置されたのが最初とされている。その後、電話事業を官営にするか民営にするかに議論が分かれたが逓信省の管轄のもと官営で実施することが決まった。同年の年始早々には、遠距離通話試験と電話知識普及のために東京・熱海間の公衆電話取り扱いが開始された。これより先、電話という通信手段は加速度を増して、その普及範囲を全国へと広めて行ったのである。また、電話交換局内にも公衆電話が取り付けられた。そして、その事を記した、電話交換創始の地碑が存在する。
電話機は1876(明治9)年、アレクサンダー・グラハム・ベルによって発明されましたが、日本ではその翌年に 工部省と宮内省の間で試験通話がおこなわれました。
その後電話の商用化が計画されて、1890(明治23)年12月16日東京滝ノ口と横浜居留地に電話局を設置、 日本で初めての電話交換が始まりました。
当時の逓信省は、電話加入者の目標を東京と横浜400人としましたが、実際の申込者 は東京は約150人、 横浜は約40人でのスタートとなりました。横浜では男性4名の交換手がいましたが、まず相手の電話番号を告げて つないでもらったそうです。
創業当時の電話料金は定額制で、横浜で年間35円、東京 は50円でした。年期奉公の 店員さんの月々の給料4円ぐらいだったので、この電話料金の高さが加入者の低迷の 一因とも言えました。
その後は電話料金の値下げや何よりも便利であることが受け入れられて、普及範囲は 全国へと広がっていきました。
当時の横浜電話交換所はビルになっていますが、ビルの壁面には電話交換創始の碑が 刻まれています。
取材場所詳細
場所:電話交換発祥の地
住所:横浜市中区日本大通り
明治23年、横浜と東京及び市内に電話交換業務が始まった、交換局があった場所。
横浜の其処彼処に、こういった歴史の足跡が点在する。
























