ふたたび swing me again
監督:塩屋俊
出演:鈴木亮平、MINJI、財津一郎、青柳翔、藤村俊二、犬塚弘、佐川満男、渡辺貞夫、古手川祐子
陣内孝則、織本順吉、中村幸代
<あらすじ>
神戸。50年前ジャズバンドに青春を賭けていた男たちは、今やそれぞれの人生の最終コーナーを曲がろうとしていた。
ハンセン病の療養所を50年ぶりに退院した健三郎(財津一郎)を迎えた貴島家。大学生の大翔 (鈴木亮平)には、祖父が生きていたことは初耳だった。しかも、その健三郎が幻のジャズバンド“COOL JAZZ QUINTETTE”のトランぺッターだったことを知る。
78歳になった健三郎は、かつての バンド仲間を探すために、思うように動かなくなった手に杖を握らせ立ち上がった。彼の願いは、何も言えないまま姿を消したあの日の許しを請うこと。そして、あの日果たすはずだった、憧れのジャズクラブ 「SONE」”でのセッションを実現させることだった。それは、彼にとってやり残した人生を取り戻す最後の旅でもあった…。
その旅に大翔は付いていくことになり……。
<キャッチコピー>
人生でやり残したこと、ありませんか?
<マメ知識>
○阪神大震災からの神戸の復興も描いています。
○原作は矢城潤一の「ふたたび」です。第5回日本ラブストーリー大賞エンタテイメント特別賞を受賞しています。
○東京国際映画祭で特別招待作品として上映されました。
<感想など>
作品冒頭で、いきなり厚生労働省、日本医師会推薦の文字が出て、「ハンセン病」の説明がテロップで紹介されます。
これは・・・
何となくつまらなく、重い映画なのか?
そんな不安を抱いての観賞でした。
現在、我々が生活している中で、どれだけ「ハンセン病」について理解しているのでしょうか?
患者や親族、当時を知る人達にとっては、決して忘れ得ない差別と偏見の歴史であり現状なのですが、現在を生きる世代にとっては、ピンとこない病という部分もあるのでは?
その意味で、この作品は「ハンセン病」に関する差別と偏見について再度考えるキッカケにはなるのでしょうか?
◎大翔は、父、良雄(陣内孝則)から―
事故で死んだと聞かされていた健三郎が50年振りに帰ってくる(一時帰省)という事実を聞かされます。
健三郎は「ハンセン病」のため、療養所で隔離された生活を続けていたのです。
青島家の長女ナオコ(中村幸代)は結婚を控えているために母の律子(古手川祐子)は当然の様に良い顔はしません。
自分達の身に置き換えてみるとどうでしょうか?
「ハンセン病」は感染力も非常に弱く、完治する病気であると科学的に証明されているのですが、過去の歴史があり現在も偏見、差別が残っている事実。
相手方に知られては困るというコト。親族であっても素直に受け入れられない事実を提示しています。
案の定、ナオコの結婚は破談になるのですが・・・
○一方、大翔の反応は ―
意外と軽い?
普段は行かない図書館に行って「ハンセン病」について調べ「患者や家族が差別されてきた歴史」や「隔離された療養所への強制入院の事実」などを知り ―
「普通、ほっとけないでしょう」
とアッサリと、心の中の受け入れ態勢は整い(お気楽キャラか!?)、彼女にも話をします。コレがキッカケで彼女は両親から反対されて、別れ話に発展しますが・・・。
今の若者が親から言われて言うコトを聞くのか!?ってツッコミたくなりますネ。キット、大翔と同じ様に、「ハンセン病」に関する知識も無ければ、偏見も無い筈。
大翔は、健三郎を療養所まで迎えにまで行っちゃいます。一体、何処までお気楽で良い奴キャラなのでしょうネ(笑)
ココで、健三郎の担当看護師、ハヨン(MINJI)と出会うのですが、韓国人!?何故?韓国人である必要性って一体!?単にMINJIを使いたかっただけか!?
ハヨンが看護師のなったキッカケは、死ぬまで知ることのなった祖母のハンセン病を知ったコト。ソノ事実をを語らせることで差別、偏見は日本だけでなく、韓国でもあっ たんだヨって言いたかったのかなぁ?
でも「ハンセン病」は昔からソノ外見的特徴から世界的に差別、偏見の対象になっていたんだけどネ。そのコトも含めて冒 頭のテロップで説明すれば良かったのに・・・
◎いよいよ健三郎は青島家に来るのですが、お目付け役は ―
大翔。これまた、素直に?受け入れて相手をしているのは・・・(笑)
ココで大翔から
COOL JAZZ QUINTETTEのレコードを見せられ二人の接点が生まれます。
世間体があるので、家の中に居て欲しいと思っている律子の想い(経営しているお店の資金繰りが上手く行かず、健三郎が国から貰った補償金をアテにしている節が・・・それが無かったら受け入れなかった?)とは関係なく、健三郎は出歩き、遂に家出!?
お目付け役の大翔は、当然付き合うハメに・・・
ココから孫と祖父のロードームービーが始まり始まりぃ~♪
◎健三郎の、友を訪ね、亡き婚約、百合子(MINJI)への贖罪の旅です。
道中、「ハンセン病」に対する偏見、差別や、友との再会の喜びと想い、大翔との心の交流が描かれていきます。
○散りばめられた「ハンセン病」に関するエピソードとしては ―
・京都にあると思っていた百合子の墓は、一族の墓地には無かった事実。
「わしの子を生んだから、家族とは違う墓に入れられたんだ」
・COOL JAZZ QUINTETTEの勝(佐川満男)から、百合子が健三郎と離れ離れになったその後は ―
実家に囲い込まれ、我が子を抱くことも叶わず「ライブをやりたいね」と言い残し死んだという事実。
・療養所時代の友人(織本順吉)を訪ね、お姉ちゃんとチークダンスをしながら酒を呑んでいる時に、「国から貰った金で飲んで楽しむとは良い身分だな」と絡まれるシーン。
掴みかかろうとする大翔を制してハヨンは、「名前も奪われ、尊厳も奪われ、生んだ子どもをその場で殺された女性も居る。お金で解決できる問題ではない」と喰ってかかります。
この作品の中の差別、偏見を描くシーンの中で一番力が入った台詞であり、このやり取りこそが心無い一般人の偏見を如実に現していると思うのですが、酔っ払いの戯言の様に軽く聞こえてしまう恐れが!
健三郎達が実際に受けてきた差別や偏見、そして療養所での隔離された過酷な生活の実態などのエピソードが皆無なので、折角の台詞に説得力がなく上滑りしています。
○大翔との交流は ―
微笑ましく進んでいきます。
健三郎がCOOL JAZZ QUINTETTE
のトランぺッターだったことを知って、打ち解けて話している風(?)シーンは実際に手ほどきを受けたりするとモット良かったネ。
お金を渡し京都まで車を出させたり、頑固な健三郎を車から一度は降ろすが、思い直し拾うのはお約束。更には風呂で背中を流すなどと言うレアなお約束まで!
車(Jeep)はオーバーヒートするトラブルで徒歩での移動中には、健三郎の心臓発作のオマケ付き。実は心臓が良くなくて、もう一回発作があったら危ないと、とってつけた様な事実まで判明。
携帯の電源が切れて、彼女に電話できず苛ついている大翔に「会えな時は想えば良い」
彼女に別れ話をされ、大翔が諦めようとしているときは「一度の失恋で諦めるのは馬鹿のするコト」
と50年間、世俗とは隔離された健三郎が言う言葉だけ、想い深さなどを考えると深い台詞だなぁ~。
「月日を取り戻すことは絆を取り戻すこと。ずっと孤独だったから絆の大切さが分かる」
○友との再会は駆け足で進みます。
一度失った絆を取り戻し、ライブ直前で止まってい時を動きださせ皆が失っていた月日を取り戻す行為だったのです。
◎旅が終わる頃には ―
大翔から連絡を受けた良雄がいつの間にか
「まかせとけ!」とライブハウス、「SONE」に手を回し、ライブを!(出た!究極のご都合主義!!!ラストまで突っ走りマス。)
そこのオーナーが驚きの渡辺貞夫!!!
Jazzのセッションを始め、COOL JAZZ QUINTETTEのライブが幕を開けます。
怒涛の感動か?
楽器未経験者はモット上手く差し替え画面で指の動きを入れないと・・・動きを音のズレが思いっ切りバレバレ(笑)。演奏が見せ場なので、シーンも長いしネ。
でも、彼等の演技はスゴイモノで、時を越えて実現したライブの喜びに満ち溢れた様を身体全体を使って表現していたので感動的でした。
若い頃の回想シーンも交え、コノ場に居ない百合子を想い、健三郎がピアノの方を向きながらトランペットを奏でる姿もネ。
○想いを達し、吐き出し切った健三郎は疲れから演奏を終了し ―
・トランペットは、孫の大翔に託し・・・。大翔は、COOL JAZZ QUINTETTEのメンバーと素晴らしいパフォーマンスを魅せます。
・良雄とは今までの想いを全てさらけ出し、抱擁し合い・・・
・律子は、己の非、偏見を心から恥じ、謝罪を・・・その全てを受け入れ赦すのです。そして息子良雄を託します。
一人、ライブハウスを後にした健三郎が引き寄せられる様に辿り着いた場所は ―
かつて百合子と婚約した教会・・・百合子はソコに眠っていたんのです。
全ての絆を確認し、月日を取り戻し、「全てをやり終えた」健三郎は、百合子の元へ・・・。
決して良くない作品ではないのですが、言いたいコトがハッキリしない部分は正直あります。
「ハンセン病」の差別、偏見を無くし、ひいては、我々が持つその他の多くの差別、偏見に対する意識に訴えかけるには、明らかに軽い作りで「そんな事もあるんだ」程度で終わってしまいそうな・・・
絆に関しても、「家族」と「友人」どちらかに絞った方が・・・
家族では、大翔との交流以外は描かれず(まあ、祖父と孫とのロードムービーだからネ)、中盤、唐突に出てきた良雄名義の預金通帳で健三郎の想いを知るだけでは、最後の感動シーンはねぇ~
友人との絆は、回想シーンの役者さん達の演技も頂けズ、妙に古臭い台詞回しで・・・。現在に戻っての再会も駆け足過ぎるかなぁ?
最初に会った、辰夫(犬塚弘)のシーンは、ボケている辰夫が写真を見て想い出すなど良かったですヨ。
Jazzを全面に押し出した作品としては、使用されている曲数も少ないのかなぁ~。
音楽映画としても、物足りない?
悪いことばかり羅列しましたが、先にも書いた様に悪い作品では無く、それなりに泣けます。
事実、会場にはすすり泣く声が充満していましたかからネ。
ただ、全てにおいて中途半端で、完成度が低い印象です。
それでも、泣けるのは、財津一郎を筆頭にしたベテラン俳優陣の確かな演技の賜物ですネ。
ロード・ムービーのお好きな貴方。
差別・偏見の問題についてチョット考えてみたい貴方。
Jazzがお好きな貴方。
感動したい貴方。
それなりにお勧めです。
<最後に>
島の療養所を出た友人が語った
「島をを出てみると何もできない、何をしたら良いのか分からない」「島の生活が懐かしい」「このままでは意味の無い人生になってしまう」
の台詞から、失われた月日の重さが伺い知れます。
自由を欲し、手に入れた筈の自由。
活用するには、歳を取り過ぎた残酷な事実と、長期の療養所で活用の手段、思考を喪失した悲しさは、重すぎます。
そこをキチンと描いて欲しかった!
11月13日公開です。
監督:塩屋俊
出演:鈴木亮平、MINJI、財津一郎、青柳翔、藤村俊二、犬塚弘、佐川満男、渡辺貞夫、古手川祐子
陣内孝則、織本順吉、中村幸代
<あらすじ>
神戸。50年前ジャズバンドに青春を賭けていた男たちは、今やそれぞれの人生の最終コーナーを曲がろうとしていた。
ハンセン病の療養所を50年ぶりに退院した健三郎(財津一郎)を迎えた貴島家。大学生の大翔 (鈴木亮平)には、祖父が生きていたことは初耳だった。しかも、その健三郎が幻のジャズバンド“COOL JAZZ QUINTETTE”のトランぺッターだったことを知る。
78歳になった健三郎は、かつての バンド仲間を探すために、思うように動かなくなった手に杖を握らせ立ち上がった。彼の願いは、何も言えないまま姿を消したあの日の許しを請うこと。そして、あの日果たすはずだった、憧れのジャズクラブ 「SONE」”でのセッションを実現させることだった。それは、彼にとってやり残した人生を取り戻す最後の旅でもあった…。
その旅に大翔は付いていくことになり……。
<キャッチコピー>
人生でやり残したこと、ありませんか?
<マメ知識>
○阪神大震災からの神戸の復興も描いています。
○原作は矢城潤一の「ふたたび」です。第5回日本ラブストーリー大賞エンタテイメント特別賞を受賞しています。
○東京国際映画祭で特別招待作品として上映されました。
<感想など>
作品冒頭で、いきなり厚生労働省、日本医師会推薦の文字が出て、「ハンセン病」の説明がテロップで紹介されます。
これは・・・
何となくつまらなく、重い映画なのか?
そんな不安を抱いての観賞でした。
現在、我々が生活している中で、どれだけ「ハンセン病」について理解しているのでしょうか?
患者や親族、当時を知る人達にとっては、決して忘れ得ない差別と偏見の歴史であり現状なのですが、現在を生きる世代にとっては、ピンとこない病という部分もあるのでは?
その意味で、この作品は「ハンセン病」に関する差別と偏見について再度考えるキッカケにはなるのでしょうか?
◎大翔は、父、良雄(陣内孝則)から―
事故で死んだと聞かされていた健三郎が50年振りに帰ってくる(一時帰省)という事実を聞かされます。
健三郎は「ハンセン病」のため、療養所で隔離された生活を続けていたのです。
青島家の長女ナオコ(中村幸代)は結婚を控えているために母の律子(古手川祐子)は当然の様に良い顔はしません。
自分達の身に置き換えてみるとどうでしょうか?
「ハンセン病」は感染力も非常に弱く、完治する病気であると科学的に証明されているのですが、過去の歴史があり現在も偏見、差別が残っている事実。
相手方に知られては困るというコト。親族であっても素直に受け入れられない事実を提示しています。
案の定、ナオコの結婚は破談になるのですが・・・
○一方、大翔の反応は ―
意外と軽い?
普段は行かない図書館に行って「ハンセン病」について調べ「患者や家族が差別されてきた歴史」や「隔離された療養所への強制入院の事実」などを知り ―
「普通、ほっとけないでしょう」
とアッサリと、心の中の受け入れ態勢は整い(お気楽キャラか!?)、彼女にも話をします。コレがキッカケで彼女は両親から反対されて、別れ話に発展しますが・・・。
今の若者が親から言われて言うコトを聞くのか!?ってツッコミたくなりますネ。キット、大翔と同じ様に、「ハンセン病」に関する知識も無ければ、偏見も無い筈。
大翔は、健三郎を療養所まで迎えにまで行っちゃいます。一体、何処までお気楽で良い奴キャラなのでしょうネ(笑)
ココで、健三郎の担当看護師、ハヨン(MINJI)と出会うのですが、韓国人!?何故?韓国人である必要性って一体!?単にMINJIを使いたかっただけか!?
ハヨンが看護師のなったキッカケは、死ぬまで知ることのなった祖母のハンセン病を知ったコト。ソノ事実をを語らせることで差別、偏見は日本だけでなく、韓国でもあっ たんだヨって言いたかったのかなぁ?
でも「ハンセン病」は昔からソノ外見的特徴から世界的に差別、偏見の対象になっていたんだけどネ。そのコトも含めて冒 頭のテロップで説明すれば良かったのに・・・
◎いよいよ健三郎は青島家に来るのですが、お目付け役は ―
大翔。これまた、素直に?受け入れて相手をしているのは・・・(笑)
ココで大翔から
COOL JAZZ QUINTETTEのレコードを見せられ二人の接点が生まれます。
世間体があるので、家の中に居て欲しいと思っている律子の想い(経営しているお店の資金繰りが上手く行かず、健三郎が国から貰った補償金をアテにしている節が・・・それが無かったら受け入れなかった?)とは関係なく、健三郎は出歩き、遂に家出!?
お目付け役の大翔は、当然付き合うハメに・・・
ココから孫と祖父のロードームービーが始まり始まりぃ~♪
◎健三郎の、友を訪ね、亡き婚約、百合子(MINJI)への贖罪の旅です。
道中、「ハンセン病」に対する偏見、差別や、友との再会の喜びと想い、大翔との心の交流が描かれていきます。
○散りばめられた「ハンセン病」に関するエピソードとしては ―
・京都にあると思っていた百合子の墓は、一族の墓地には無かった事実。
「わしの子を生んだから、家族とは違う墓に入れられたんだ」
・COOL JAZZ QUINTETTEの勝(佐川満男)から、百合子が健三郎と離れ離れになったその後は ―
実家に囲い込まれ、我が子を抱くことも叶わず「ライブをやりたいね」と言い残し死んだという事実。
・療養所時代の友人(織本順吉)を訪ね、お姉ちゃんとチークダンスをしながら酒を呑んでいる時に、「国から貰った金で飲んで楽しむとは良い身分だな」と絡まれるシーン。
掴みかかろうとする大翔を制してハヨンは、「名前も奪われ、尊厳も奪われ、生んだ子どもをその場で殺された女性も居る。お金で解決できる問題ではない」と喰ってかかります。
この作品の中の差別、偏見を描くシーンの中で一番力が入った台詞であり、このやり取りこそが心無い一般人の偏見を如実に現していると思うのですが、酔っ払いの戯言の様に軽く聞こえてしまう恐れが!
健三郎達が実際に受けてきた差別や偏見、そして療養所での隔離された過酷な生活の実態などのエピソードが皆無なので、折角の台詞に説得力がなく上滑りしています。
○大翔との交流は ―
微笑ましく進んでいきます。
健三郎がCOOL JAZZ QUINTETTE
のトランぺッターだったことを知って、打ち解けて話している風(?)シーンは実際に手ほどきを受けたりするとモット良かったネ。
お金を渡し京都まで車を出させたり、頑固な健三郎を車から一度は降ろすが、思い直し拾うのはお約束。更には風呂で背中を流すなどと言うレアなお約束まで!
車(Jeep)はオーバーヒートするトラブルで徒歩での移動中には、健三郎の心臓発作のオマケ付き。実は心臓が良くなくて、もう一回発作があったら危ないと、とってつけた様な事実まで判明。
携帯の電源が切れて、彼女に電話できず苛ついている大翔に「会えな時は想えば良い」
彼女に別れ話をされ、大翔が諦めようとしているときは「一度の失恋で諦めるのは馬鹿のするコト」
と50年間、世俗とは隔離された健三郎が言う言葉だけ、想い深さなどを考えると深い台詞だなぁ~。
「月日を取り戻すことは絆を取り戻すこと。ずっと孤独だったから絆の大切さが分かる」
○友との再会は駆け足で進みます。
一度失った絆を取り戻し、ライブ直前で止まってい時を動きださせ皆が失っていた月日を取り戻す行為だったのです。
◎旅が終わる頃には ―
大翔から連絡を受けた良雄がいつの間にか
「まかせとけ!」とライブハウス、「SONE」に手を回し、ライブを!(出た!究極のご都合主義!!!ラストまで突っ走りマス。)
そこのオーナーが驚きの渡辺貞夫!!!
Jazzのセッションを始め、COOL JAZZ QUINTETTEのライブが幕を開けます。
怒涛の感動か?
楽器未経験者はモット上手く差し替え画面で指の動きを入れないと・・・動きを音のズレが思いっ切りバレバレ(笑)。演奏が見せ場なので、シーンも長いしネ。
でも、彼等の演技はスゴイモノで、時を越えて実現したライブの喜びに満ち溢れた様を身体全体を使って表現していたので感動的でした。
若い頃の回想シーンも交え、コノ場に居ない百合子を想い、健三郎がピアノの方を向きながらトランペットを奏でる姿もネ。
○想いを達し、吐き出し切った健三郎は疲れから演奏を終了し ―
・トランペットは、孫の大翔に託し・・・。大翔は、COOL JAZZ QUINTETTEのメンバーと素晴らしいパフォーマンスを魅せます。
・良雄とは今までの想いを全てさらけ出し、抱擁し合い・・・
・律子は、己の非、偏見を心から恥じ、謝罪を・・・その全てを受け入れ赦すのです。そして息子良雄を託します。
一人、ライブハウスを後にした健三郎が引き寄せられる様に辿り着いた場所は ―
かつて百合子と婚約した教会・・・百合子はソコに眠っていたんのです。
全ての絆を確認し、月日を取り戻し、「全てをやり終えた」健三郎は、百合子の元へ・・・。
決して良くない作品ではないのですが、言いたいコトがハッキリしない部分は正直あります。
「ハンセン病」の差別、偏見を無くし、ひいては、我々が持つその他の多くの差別、偏見に対する意識に訴えかけるには、明らかに軽い作りで「そんな事もあるんだ」程度で終わってしまいそうな・・・
絆に関しても、「家族」と「友人」どちらかに絞った方が・・・
家族では、大翔との交流以外は描かれず(まあ、祖父と孫とのロードムービーだからネ)、中盤、唐突に出てきた良雄名義の預金通帳で健三郎の想いを知るだけでは、最後の感動シーンはねぇ~
友人との絆は、回想シーンの役者さん達の演技も頂けズ、妙に古臭い台詞回しで・・・。現在に戻っての再会も駆け足過ぎるかなぁ?
最初に会った、辰夫(犬塚弘)のシーンは、ボケている辰夫が写真を見て想い出すなど良かったですヨ。
Jazzを全面に押し出した作品としては、使用されている曲数も少ないのかなぁ~。
音楽映画としても、物足りない?
悪いことばかり羅列しましたが、先にも書いた様に悪い作品では無く、それなりに泣けます。
事実、会場にはすすり泣く声が充満していましたかからネ。
ただ、全てにおいて中途半端で、完成度が低い印象です。
それでも、泣けるのは、財津一郎を筆頭にしたベテラン俳優陣の確かな演技の賜物ですネ。
ロード・ムービーのお好きな貴方。
差別・偏見の問題についてチョット考えてみたい貴方。
Jazzがお好きな貴方。
感動したい貴方。
それなりにお勧めです。
<最後に>
島の療養所を出た友人が語った
「島をを出てみると何もできない、何をしたら良いのか分からない」「島の生活が懐かしい」「このままでは意味の無い人生になってしまう」
の台詞から、失われた月日の重さが伺い知れます。
自由を欲し、手に入れた筈の自由。
活用するには、歳を取り過ぎた残酷な事実と、長期の療養所で活用の手段、思考を喪失した悲しさは、重すぎます。
そこをキチンと描いて欲しかった!
11月13日公開です。






