MW -ムウ-
監督:岩本仁志
出演:玉木宏、山田孝之、山本裕典、山下リオ、風間トオル、デヴィッド・スターズィック、
鶴見辰吾、林泰文、中村育二、半海一晃、品川徹、石田ゆり子、石橋凌
<あらすじ>
16年前、ある島で島民全員が死亡する事件が発生し、政府によりその事実は隠匿される。
事件から密かに生き延び、成長した優秀でまじめなエリート銀行員、結城美智雄(玉木宏)の裏の顔は次々と人を殺める冷酷な殺人鬼。殺人の事実を知った結城の幼なじみであり、神父の賀来裕太郎(山田孝之)は、結城の犯行を阻止し、救済しようと苦悩する。
そんな中、結城は化学兵器「MW」を手にして遂には世界を滅ぼそうと企むのだった…。
(eiga,com cinemacafe,comより)
<キャチコピー>
世界を変えるのは、
破壊か。
祈りか。
<マメ知識>
○原作は手塚治虫の作品「MW(ムウ)」。
1976年から「ビッグコミック」(小学館)にて連載され、これまで何度も映画化の話が出ていながら、
その過激な描写やスケールの大きさから断念されてきました。
○手塚治虫誕生80周年企画として映画化。
<感想など>
原作は言わずと知れた手塚治虫の衝撃の問題作「MW(ムウ)」
あの、原作の世界観や人物像をどの様に映像化したのか?
その点に興味を惹かれましたが、ハッキリ言ってしまうと肝心の部分が抜け落ちている非常に残念な作品です。
先ず、一点。
結城と賀来の関係性。
これは、非常に重要で、
何故、賀来は結城を警察に突き出さないのか?
の疑問に答えてくれる部分です。
原作では、彼等は幼い頃から性的関係にあったという関係性。
「賀来は結城を愛するあまり神父として、また人間としての良心の呵責に苛まれながらも、結城の悪事に手を貸すという泥沼から抜け出せない」という点です。
映画では、この二人の関係が全く無視されています。
事務所的にも同性愛者役はNGだったのかな~
結城は賀来の命の恩人。
「賀来を守ったために結城は自らの寿命を縮めたので、賀来は結城に対して負い目を感じている」風に変更されてます。
二点目。
結城はバイセクシャルだと言う事。
その類稀なる美貌で、男女関係なく虜にして確実に復讐を果たしていくという点。
映画では、バイセクシャルでは無く、復讐の果たし方も自分の魅力を武器にするのではなく、クールな犯罪者然として、実行していきます。
この原作での大きな柱が抜かれた結果、何が残るのでしょうか?
作品の根底に流れる深遠且つ重厚なテーマ性が吹っ飛んでしまい、後にはペンペン草にしか生えない荒れ地が残る・・・・・
って感じですかね。
手塚治虫の「MW(ムウ)」をヒントに別の作品を造ったと言った方が適当だと思います。
では・・・
その作品の出来はどうでしょうか?
冒頭は結構、気合が入ってます。
警察と誘拐犯(結城)との現金受け渡しをめぐる駆け引き。
モノレールと自動車のカーチェイス。
そして、バイクで逃げる結城を路地の雑踏を掻き分け疾走する追跡劇。
此処で捕まったら話にならないので安心して観ていらる分、ドキドキ感は半減しますが、それなり魅せる画が撮れています。
多くの人が「フレンチコネクション」など過去の名作を彷彿させると言っていますが、パクリだと言う意見もチラホラと・・・・
でも、この画を撮るには海外でなければね。
流石、タイでロケしただけの事はあるのかな?
でも、その後日本に舞台を移してからは・・・・
一気にトーン・ダウン。
特に山場はなく淡々と結城が復讐実行していくのを
警察の沢木(石橋凌)が必死で追うといった感じで物語が進んでいきます。
また、島民全員死亡事件(虐殺)の補足説明的な語り部として
新聞記者の牧野(石田ゆり子)が登場します。
「MW(ムウ)」の正体は牧野の取材により、あるメモを発見する事で
毒ガス兵器
だった事が分かり、その詳細も判明。
ただし、関係者などの描き方も不十分で、作品の持つドラマ性、メッセージ性を希薄なものにしています。
そんなこんなで、
結城の暴走を止められないばかりか、結果として自らも殺人を犯してしまう ―
賀来の神父でありながら、自らが悪魔の所業の片棒を担ぐという救われない苦悩。
それこそが、結城が日本に戻ってきてからのメインテーマになるべきなのですが・・・
そもそもこの映画は玉木宏、山田孝之の二枚看板の筈。
でも、賀来(山田孝之)の扱いがとても中途半端。
時々出てきては、結城を止めようとする位で
悩んでいるポーズを取ってんの?
って言いたくなる位に説得力のない役所になってしまっています。
説得力の無さと言えば ―
「MW(ムウ)」を奪いに、米軍基地に向かいますが・・・
次の瞬間には「MW(ムウ)」を奪い終わり、基地の司令官を人質にとっています!!!
ハァ!?
どうやって?
全てを省略しちゃいました~。
って、やり過ぎです!!!
そしてクライマックスの結城と賀来の対決シーンですが・・・
二人の関係性が全く丁寧に描かれていなかったため、セリフのやり取りを聴いていても空虚に感じました。
結城の目的が復讐ではなく、自分の命の終焉と共にこの世の終焉を望む狂気の域に達したと、賀来が確信した時 ―
輸送機の上から賀来は「MW(ムウ)」を抱えて飛びます。
きっとピークですよね。
でも・・・
そこまでの積み重ねが雑なので
オチの付け方としては、それしかないよね~
程度にしか思えませんでた。
結城一人残った輸送機も攻撃ヘリに撃墜されて・・・
終わりか?
と思いきや
あれれっ!?
続編作っちゃうの?
的な終わり方。
「MW(ムウ)」を少量吸って、余命あとわずかだったのでは?
最後の最後で、全てをぶち壊したか!?
玉木宏ファンの貴方。
原作を読んでなく且つ、雑な映画も笑って許せる貴方。
お勧めです。
<最後に>
色々と書きましたが誉める(?)点を一つ。
今まで観る事の無かった玉木宏の悪役
を観られるという点では貴重です。
結構、様になっていましたよ。
新境地開拓か!?
7月4日公開です。
監督:岩本仁志
出演:玉木宏、山田孝之、山本裕典、山下リオ、風間トオル、デヴィッド・スターズィック、
鶴見辰吾、林泰文、中村育二、半海一晃、品川徹、石田ゆり子、石橋凌
<あらすじ>
16年前、ある島で島民全員が死亡する事件が発生し、政府によりその事実は隠匿される。
事件から密かに生き延び、成長した優秀でまじめなエリート銀行員、結城美智雄(玉木宏)の裏の顔は次々と人を殺める冷酷な殺人鬼。殺人の事実を知った結城の幼なじみであり、神父の賀来裕太郎(山田孝之)は、結城の犯行を阻止し、救済しようと苦悩する。
そんな中、結城は化学兵器「MW」を手にして遂には世界を滅ぼそうと企むのだった…。
(eiga,com cinemacafe,comより)
<キャチコピー>
世界を変えるのは、
破壊か。
祈りか。
<マメ知識>
○原作は手塚治虫の作品「MW(ムウ)」。
1976年から「ビッグコミック」(小学館)にて連載され、これまで何度も映画化の話が出ていながら、
その過激な描写やスケールの大きさから断念されてきました。
○手塚治虫誕生80周年企画として映画化。
<感想など>
原作は言わずと知れた手塚治虫の衝撃の問題作「MW(ムウ)」
あの、原作の世界観や人物像をどの様に映像化したのか?
その点に興味を惹かれましたが、ハッキリ言ってしまうと肝心の部分が抜け落ちている非常に残念な作品です。
先ず、一点。
結城と賀来の関係性。
これは、非常に重要で、
何故、賀来は結城を警察に突き出さないのか?
の疑問に答えてくれる部分です。
原作では、彼等は幼い頃から性的関係にあったという関係性。
「賀来は結城を愛するあまり神父として、また人間としての良心の呵責に苛まれながらも、結城の悪事に手を貸すという泥沼から抜け出せない」という点です。
映画では、この二人の関係が全く無視されています。
事務所的にも同性愛者役はNGだったのかな~
結城は賀来の命の恩人。
「賀来を守ったために結城は自らの寿命を縮めたので、賀来は結城に対して負い目を感じている」風に変更されてます。
二点目。
結城はバイセクシャルだと言う事。
その類稀なる美貌で、男女関係なく虜にして確実に復讐を果たしていくという点。
映画では、バイセクシャルでは無く、復讐の果たし方も自分の魅力を武器にするのではなく、クールな犯罪者然として、実行していきます。
この原作での大きな柱が抜かれた結果、何が残るのでしょうか?
作品の根底に流れる深遠且つ重厚なテーマ性が吹っ飛んでしまい、後にはペンペン草にしか生えない荒れ地が残る・・・・・
って感じですかね。
手塚治虫の「MW(ムウ)」をヒントに別の作品を造ったと言った方が適当だと思います。
では・・・
その作品の出来はどうでしょうか?
冒頭は結構、気合が入ってます。
警察と誘拐犯(結城)との現金受け渡しをめぐる駆け引き。
モノレールと自動車のカーチェイス。
そして、バイクで逃げる結城を路地の雑踏を掻き分け疾走する追跡劇。
此処で捕まったら話にならないので安心して観ていらる分、ドキドキ感は半減しますが、それなり魅せる画が撮れています。
多くの人が「フレンチコネクション」など過去の名作を彷彿させると言っていますが、パクリだと言う意見もチラホラと・・・・
でも、この画を撮るには海外でなければね。
流石、タイでロケしただけの事はあるのかな?
でも、その後日本に舞台を移してからは・・・・
一気にトーン・ダウン。
特に山場はなく淡々と結城が復讐実行していくのを
警察の沢木(石橋凌)が必死で追うといった感じで物語が進んでいきます。
また、島民全員死亡事件(虐殺)の補足説明的な語り部として
新聞記者の牧野(石田ゆり子)が登場します。
「MW(ムウ)」の正体は牧野の取材により、あるメモを発見する事で
毒ガス兵器
だった事が分かり、その詳細も判明。
ただし、関係者などの描き方も不十分で、作品の持つドラマ性、メッセージ性を希薄なものにしています。
そんなこんなで、
結城の暴走を止められないばかりか、結果として自らも殺人を犯してしまう ―
賀来の神父でありながら、自らが悪魔の所業の片棒を担ぐという救われない苦悩。
それこそが、結城が日本に戻ってきてからのメインテーマになるべきなのですが・・・
そもそもこの映画は玉木宏、山田孝之の二枚看板の筈。
でも、賀来(山田孝之)の扱いがとても中途半端。
時々出てきては、結城を止めようとする位で
悩んでいるポーズを取ってんの?
って言いたくなる位に説得力のない役所になってしまっています。
説得力の無さと言えば ―
「MW(ムウ)」を奪いに、米軍基地に向かいますが・・・
次の瞬間には「MW(ムウ)」を奪い終わり、基地の司令官を人質にとっています!!!
ハァ!?
どうやって?
全てを省略しちゃいました~。
って、やり過ぎです!!!
そしてクライマックスの結城と賀来の対決シーンですが・・・
二人の関係性が全く丁寧に描かれていなかったため、セリフのやり取りを聴いていても空虚に感じました。
結城の目的が復讐ではなく、自分の命の終焉と共にこの世の終焉を望む狂気の域に達したと、賀来が確信した時 ―
輸送機の上から賀来は「MW(ムウ)」を抱えて飛びます。
きっとピークですよね。
でも・・・
そこまでの積み重ねが雑なので
オチの付け方としては、それしかないよね~
程度にしか思えませんでた。
結城一人残った輸送機も攻撃ヘリに撃墜されて・・・
終わりか?
と思いきや
あれれっ!?
続編作っちゃうの?
的な終わり方。
「MW(ムウ)」を少量吸って、余命あとわずかだったのでは?
最後の最後で、全てをぶち壊したか!?
玉木宏ファンの貴方。
原作を読んでなく且つ、雑な映画も笑って許せる貴方。
お勧めです。
<最後に>
色々と書きましたが誉める(?)点を一つ。
今まで観る事の無かった玉木宏の悪役
を観られるという点では貴重です。
結構、様になっていましたよ。
新境地開拓か!?
7月4日公開です。