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演奏の上達シリーズ、
今回は、「音程」についてです。
アマチュアの演奏において、
もっとも真剣になるべきなのが、
この「音程」です!
アマチュア演奏家の皆さんは、
おおよそ自覚されていることと思います。
当然ながら音程は数学的に決まっていて、
例えば、
代表的な和音である長三和音では振動数の比率は、
4:5:6であり、
これを正確に再現しなければなりません。
(ピアノなどは少しずれていますが)
こういう「音程」を正確に再現することが、
音楽を演奏する上での最大のハードルと言っても
過言ではありません。
そして、
西洋音楽はメロディ、ハーモニー、リズムで
成り立つと言われますが、
「音程」が悪いと、すべてが台無しです。
そもそも、なぜ音程が正しいとか、
そうでないということが聴いて
「分かる」のでしょうか?
音感というのは、
どうやって成り立っているのでしょうか。
脳科学によると、
脳には聴覚野があって、
空気の振動を音に変換しています。
この変換された音の高さである
「音程」を判別する能力が音感です。
聴覚野では音程以外にも、
音色、強さ、長さなどが分析され、
メロディ、リズム、ハーモニー、
そして「音楽」へと情報が統合されていきます。
そもそも脳の聴覚野で行われるこの能力は、
太古の時代には、
自然の中で生き延びるのに欠かせない大切なものでした。
森の中で聞こえるかすか音を聞いて、
それが、動物によるのか、自然の風による、
木の実が落ちたのかを、
聴覚野を通して瞬時に判断できないと、
とっさの行動がとれずに生き延びられない場合も有ります。
また、
集団の中で音楽を使って他の構成員と感情を共有し、
一体感を得る能力が欠如していたら、
他のメンバーから仲間として認識されずに
やがて構成員から外される可能性も有ります。
さらに、
音楽を介してご先祖様や土地の神様の様な
見えない存在とも対話もしていたかもしれません。
そこから、集団にとって有益な情報が得られて、
コミュニティが生き延びてきたことも、
もしかしたら有るかもしれません。
(科学的には証明が難しいでしょうが)
つまり、
今使っている音感にしろ、
音楽を分析して統合する能力は、
太古から人類にプログラミングされ、
遺伝子に刻まれた脳の機能なのです。
ですから、
これを思い出すべく訓練すれば、
研ぎ澄まされてどんどん進化していくはずです。
3度、5度、7度などの相対音感も、
元々脳にプログラムされていて、
訓練すれば能力の高低はあれど
だれでも獲得できるということです。
音程に関しても、
より高度に正確な音程を強く求めるほど、
太古から元々備わった能力が発現していく訳です
ここで、私自身の音程に関する経験を書いてみます。
(現在でもつたない能力ですが)
まず、15歳でチェロを始めました。
ここがスタートです。
始めて1~2年くらいは、
指をそれらしい位置に置くのが精いっぱいで、
音感もなにも無い状態で音を出していました。
(ずいぶん周囲に迷惑をかけていたと思います)
最初は皆、こんな感じかもしれません。
3年くらいしてやっと、
緊張感を持って音程について注意する様になりました。
その後、大学のオーケストラに入りますが、
さすがに音程が悪いと怒られました。
この時から、チューナーを使って分からないながらも、
自分の音程を補正する様になりました。
その後、レッスンでプロの先生についたり、
NHK主宰の音楽祭で、
のちにプロになる様な
経験豊富なメンバーに出会ったりしたおかげで、
音程に対する意識も高まりました。
このころから、
逆に音程が合わないという悩みも大きくなっていきます。
しかし、
的確な音程を求める気持ちは強くなったので、
この時期に音程力?はだいぶ向上したと思います。
その後、
社会人になり、音律についての著作にも出会い、
音程に対する自分なりの世界を片鱗ながら持つようになり、
今に至ります。
やはり、的確な音程を求め続ける気持ちと、
常に音程に対する集中力を維持することが、
最も大事だと感じる今日この頃です。
また、音程を正確にしようとするほど、
音楽に魂が宿るとも感じます。
あのカザルスも、導音の「シ」を、
あえて高めに取るなど、
音程を少しずらして「音程で表現」したとのことです。
音程イコール表現くらいの気持ちが大切です。
音程を求めての真剣な試行錯誤という土台の上に、
音楽表現が築かれます。
本気で音程を「求めた」人に、
太古から宿る音感が発現する。
その土台の上に音楽表現を築くことができる。
ということです。
人任せでなく、自分なりに、
「音程を求める旅」に出かけましょう。
私の旅も相当先は長そうですが、
楽しんで音程を求めていきたいと思います。
では。
