ようこそ、ひでちぇろブログへ。
(この記事は2018年12月1日投稿のものにさらに内容を追加したものです)
今回は、アンナー・ビルスマです。
オランダ人であるビルスマは、バロックチェロの第一人者です。
バイオリンが普及した頃様な時代の少し構造の異なる楽器を古楽器と言います。
この古楽器を使って当時の奏法で音楽を再現してみると、非常に演奏効果上がることを発見し、それを世の中に広めた人たちがいます。彼はその中のリーダー的存在の一人でもあります。
演奏者として高みに登ったチェリストという意味では、カザルス、ロストロポーヴィチ、ヨーヨーマという様な存在と同等レベルであるかと思います。
現在は、演奏活動が体調的に継続困難となったので、演奏活動は止めて、オランダの自宅で暮らされています。
それでは、ビルスマの人生を見ていきましょう。
1934年、オランダのハーグに生まれます。父はハーグの王立音楽院で学び、教師にもなったトロンボーン奏者です。
3歳からバイオリンを学び、チェロは8歳から始めます。
15歳でハーグ王立音楽院に入学し、23歳で最優秀賞を得て卒業します。
26歳でネーデルランド歌劇場管弦楽団に第一奏者として入団します。
27歳でパブロ・カザルス国際コンクールで優勝します。その後、今では古楽界の最重鎮でもある、リコーダー奏者のフランス・ブリュッヘンから声がかかり、同じく超重鎮となるクスタフ・レオンハルトと共に3人でバロック音楽の演奏活動を開始します。
28歳でネーデルランド歌劇場管弦楽団を辞めて、オランダのトップオーケストラ(世界的に見ても超一流)であるコンセルトヘボウ管弦楽団の第一チェロ奏者に就任します。
しかし、6年間在籍の後、バロック音楽の道に進むべく退団します。本人曰く、オーケストラの仕事は面白くなかったそうです。その後、バロックチェロを使って、バロック音楽の分野で活躍します。
50歳の頃に、日本のバロックチェロの第一人者である鈴木秀美氏と出会います。その後、鈴木秀美氏はハーグ王立音楽院でビルスマに師事し、その道での日本人の第一人者として活躍されます。
50代中盤に、ラルキブデッリという名でバイオリン(妻のベラ・ベスとクスマウル)、ビオラ(ルシーファンダール)、チェロ(ビルスマ)をメインのメンバーとした弦楽合奏団を結成して活動を開始します。
70歳過ぎで、東京で演奏している時に、一音だけ間違った音を出してしまい、老いを感じました。これがきっかけとなって、チェロを弾く活動をやめてしまいました。(これ、自分が聴きに行った演奏会かもしれません)
現在は、歩行器を使わないと歩けない病気(命にはかかわらない)にかかってチェロは弾けませんが、ご自宅で奥様と暮らされています。
ここからは、ビルスマの音楽に関してです。
私が始めてビルスマを素晴らしいと思ったのは、大学の後輩にCDを貸してもらって、バッハの無伴奏チェロ組曲の1回目の録音(1979年)を聴いた時でした。
バロックのピリオド奏法の音楽が斬新で、しかも的を得ていて、これだ!という感じで何度も聴き込んだのを覚えています。
かれこれ20年ちょっと前の話です。
CDで感銘を受けた少し後に、来日されたので、迷わずコンサートに行ってみました。
その演奏会では想像以上に素晴らしい体験ができました。
場所は、東京の武蔵野市民文化会館の小ホールというところで、小さめな300~400人くらいのホールであったと思います。
そのときの演目がバッハの無伴奏チェロ組曲1、3、5番(6番まで有り)で、始めにバッハの無伴奏組曲1番が演奏されました。
そして、一番最初の、1番プレリュードを弾き終わった後、一瞬、「フワーッ」とホール全体がじんわり温かいもので包み込まれる様な、感覚がしました。
高揚するのではなく、一緒にじんわり温かみを感じている様でした。
これは、いったいなんだろう??
と未体験の感触でした。
そしてこれが、ビルスマの独自の音楽の片鱗を生で初めて体験できた貴重な瞬間でした。
ビルスマの音楽の一番の特徴は、「一対一の対話」の様に「語りかける」、ということです。
ホール全体に向かって演奏はしていますが、あたかも一人に向かって演奏されている様に感じられるんです。
普通、百人、千人、に向かって演奏するなら、その分派手で、声高で、大げさな感じになりがちですよね。
ポピュラーなロックやジャズの世界的アーティストなんかで、1万人超えの観客に対してだと、映像も音も増幅して、少しでも大きく見せようとしますよね。
ものすごいエネルギーを使うんでしょうし、音楽のキャラクターもそんな感じになります。
演劇でいえば観客がたくさんいると、ド派手な舞台衣装とメイクになりますよね。
ナチュラルメイクなんかでは遠くからは分かりませんから。
しかし、ビルスマは、少なくとも数百人の前で、一対一で語ることが出来るんです。
CDでも一対一で語っています。
また、音楽の物語を語るのであって、自分のことを語った独りよがりな部分は皆無です。
「語る」ということに加えて、もう一つのビルスマの特徴が、「深い音」だということです。
とくにそれが一番現れているのが、バッハ作曲、無伴奏チェロ組曲のCDの2回目の録音(1992年)です。
このとき、チェロは少し特殊なものを使っていて、古楽器と代楽器の中間の様な構造を持つらしい、ストラディバリ製作のセルヴェという楽器を使っています。
サイズが少し大きくて低音がよく響きます。
で、CDでの音なんですが、一体どこからこの音は来ているか?この世のものか?
と思う様な、ありえないくらい「深い音」がします。
口で説明するのは困難ですし、ユーチューブだけでは味わいきれないと思います。
これも、ビルスマならではの、特徴ですね。
自分の文章だけだと表現に限界があるので、ルドルフ・シュタイナーの言葉を引用してみます。
「人間は死の扉を通っていきます。
子音はまもなく捨てられます。しかし、母音、
とくに母音の抑揚は、より高められた度合いで体験されます。・・・
・・・この音楽要素のなかに、霊的世界から魂が吹き込まれ、
開示していきます。」
(イザラ書房 ルドルフ・シュタイナー(西川隆範 訳)
「音楽の本質と人間の音体験」P.114より抜粋)
シュタイナーは、こんな言葉で、この世の経験を超えた、彼岸の音について語っています。
子音が抜けて、母音に魂が吹き込まれた音。
こういう言葉を引用してしまう様な、ビルスマの音深さの次元が少しは伝わるでしょうか。。。
ビルスマは、他の音楽家と物事の捉え方が根本的に異なるのだと思います。
彼の目からみると、「強い陶酔感」を伴うロマンチックなアプローチが通常になったクラシック音楽は、本質から外れているのかもしれません。
そして、音楽の本質はこういうところにあるんだよとチェロを使って「一対一」で「語って」くれるているのでしょう。
音楽だけでなく、人生において、言葉では表現できないけれども大切なことを、チェロの音を通じて自らの存在を懸けて教えてくれている様にも感じます。
普段こういうものを勧めたりしませんが、
「アンナー・ビルスマ演奏、
1992年録音の、
バッハ作曲無伴奏チェロ組曲全集」、
これは一度は聴いて損はないと思います。
それでは。