ようこそ、ひでちぇろブログへ。

 

今回は、「音楽はきもちいい」っていうテーマです。

 

音楽はなぜ聴かれるのでしょうか。

おそらく、世界中のどの民族においても演奏され、

聴かれている音楽。

 

その理由は、「きもちいい」からだと思います。

 

他の芸術、

例えば、

絵画、彫刻、写真という様な映像系

文学、演劇、映画などのストーリの有るもの

などありますが、

 

表現者と時間を共にし、

命を生きている感じを伴った「きもちよさ」は、

音楽に独特のものがあります。

 

しかも、多人数で同時に味わえ、

人数が増えるほど快感も大きくなります。

 

音楽の「きもちよさ」を感じている時に

脳の中で起こっていることは

また、後日詳しく書く予定ですが、

 

脳内でも特有の現象が起きたり

報酬系のホルモンが出ていることでしょう。

 

 

ここからは仮説、

というか私の考えです。

 

まず、脳内でこれが起きたから、

心はこうなる式の考え方は

科学的で一理あります。

そのホルモンや脳内現象に心が影響されますから。

 

しかし、心は脳の中だけには無く、

ネットのクラウド上みたいな別次元に

存在しているのではないかと考えます。

 

なぜなら、心のすべてが脳内にあるなら、

亡くなったばかりの人の脳から、

すべての記憶とか人格をとりだせるのか?

っていう話です。

 

たぶんそんなことは永遠にできないのではないか、

それだけの情報量は脳には保管できないのでは

と思います。

 

科学では今は検出できない魂みたいなものが

脳とはは別にあるというのが

私の意見です。

 

一方、脳にもハードとかプログラムが存在して、

魂と脳との合作で自我ができると考えています。

 

 

で、

自我は普段は魂と連絡がうまく取れないのですが、

音楽を聴くことによって、

自我が魂と繋がれる、

という機能を音楽は持っている。

芸術の中で一番強力に持っている

のではないでしょうか。

 

なので、

神を常に感じている側の魂とすぐ共鳴することが可能な、

「音楽」程、「きもちいい」芸術はないのかなと思います。

 

しかし、いかに神と共鳴するかが、

難しいところで、

歴史上の音楽家が皆んな目指してきたのかと思います。

 

また、

複雑になった現代音楽は、

これまでの音楽陳腐化し始めていることの現れかもしれません。

さらに高いもの深いものを人類が求め始めたことの証かと思われます。

 

今回はこんなところです。

 

それでは。