こんにちは、ひでちぇろブログです。

 

今日は、クラシック音楽と神話についてです。

神話というと、

ギリシャ神話とか古事記のようなもののことです。

 

ところで、

そもそもなぜ神話は存在するのでしょうか。

あんな荒唐無稽な話に、

どんな意味があるのでしょうか。

 

 

ウィキペディアで調べてみると、

「存在理由を説明するためのストーリー」

と書かれていました。

 

そう。

神話とは、

ストーリーを使って

国なり、集団なりの

存在理由を示し、

生きる意味と方向性を与えてくれるものなのです。

 

なかなかに、大事なものです。

 

その集団が大切にしているものに畏敬の念を抱かせたり、

現実の社会や生活を秩序立ったものにする機能があります。

 

ある意味、神話は便利なものでもあるので、

昔から権力のある人やリーダーなどにも

利用されてきたのでしょうね。

 

 

この、

神話という考え方を当てはめると、

色々なものが見えてきます。

 

私はアマチュアとして、

クラシック音楽の分野で活動していますが、

自分にとって、クラシック音楽には、

どんな「神話」が当てはまるでしょうか。

 

もう少し範囲を拡げると、

日本人にとって、クラシック音楽にはどんな「神話」が有りうるのでしょうか。

 

 

 

クラシック音楽は最初、

キリスト教世界の神話(聖書)に含まれる神聖なもの

という位置づけだったのだと思います。

 

そして、キリスト教が科学で相対化されて、

西洋社会が教会権力から開放された後も、

キリスト教から独立して

さらに発展しました。

 

普遍的な何かにつながる手段である芸術としての

新たな神話をまとって。

 

その後、

日本において、クラシック音楽は、

近代の明治時代に、

西洋の教養として輸入されました。

日本が和魂洋才でずっと発展してきている間は、

進んだ西洋の文化としての神話をもっていました。

 

しかし、現代日本では、

西洋からの学びが減って、

新たな神話を必要とする時期に来ていると感じられます。

 

そもそも、

皆が一つの神話を生きるの時代は終わりが近いのかもしれません。

皆が自分の神話を追求する時代に入ろうとしている様な感じがします。

 

クラシック音楽は現在、

現代音楽がメロディー、リズム、ハーモニーの枠組みを否定し始めており、

つまり既存には神話はもう依って立つことができず、

価値観が崩壊しはじめている

段階に来ている様です。

 

崩壊を突き詰め、もう壊すものがなくなる段階の後、

新しい神話が新たに構築されるのかもしれません。

 

シュタイナー曰く、

3度の和音の時代の次には、

神の存在を証明する、8度の和音の時代が来るそうです。

 

本当に8度なのかは不明ですが、

クラシックのなかでの新しい神話の萌芽に

常にアンテナ張って見逃さない様にしたいと思います。

 

それでは。