ようこそ、ひでちぇろブログへ!
何回かに分けて、
心理学や宗教と、
クラシック音楽の相似性について
書いていきます。
1回目の今回は
「ユングの個性化」と「クラシック音楽」についてです。
カール・グスタフ・ユングは、
一時期フロイトの弟子でもあった、
スイス人の精神科医にして心理学者です。
深層心理に関する研究で有名です。
憧れのスイスに生まれ、
深層心理を極めた、
という、心理学界隈では
私にとって超あこがれの存在です!
で、
一時期師匠だったフロイトさんは、
すべての精神的な病の源を性欲の抑圧に求め、
自然科学的に説明をつけようとしました。
しかし、
ユングさんは性欲の抑圧だけに説明を求めるという、
狭い見識に我慢できず、
もっと幅広く、深い、
人類共通の意識にまで遡って、
人の心を捉えました。
また、自己実現という、
大人に成長した後の人の成長についても、
理論的に説明しました。
自己実現についてもう少し詳しく説明します。
心の領域を
・「意識」、「エゴ」(自我、ペルソナとシャドウ)
・「個人的無意識」(抑圧された心)
・「集合的無意識」(人類共通の心)
に分け、
このすべての領域の中心に
「セルフ」(自己)がある。
としました。
まず、大人になるとき、
色々な自分本来の心の特性を切り捨てて、
「エゴ」を作り、それを演じる様になります。
自分に嘘を付きつつ、社会のレールに乗って
まずは大人になった感じでしょうか。
しかし、
「エゴ」だけでは、満たされず、
切り捨てた、心の本来の特性はどこかに行ってしまわずに、
心の奥でくすぶり続けます。
会社と家の往復だけとか、
家事、育児だけの毎日とかで、
私の本当の幸福はどこに行ったのだろう、
という感じですかね。
そして、
元々あった「セルフ」として持っていた、
今は忘れられた抑圧していた特性を思い出す時が来ます。
それを認識して、否定せずに受け入れて、
うまく付き合っていけるようになるのが、
「個性化」の過程であり、
自己(セルフ)が実現された状態、
「自己実現」です。
図式として書くと、
自己の抑圧(成長期)
➡自我確立(大人)
➡個性化(中年)
➡自己実現(晩年)
という感じです。
ここで、
クラシック音楽で同じような
成長過程が無いかを
見ていきます。
まず、ソナタ形式。
ハイドン、モーツァルト以降の音楽に
よく用いられているやつです。
提示部(第1主題、第2主題(転調))
展開部
再現部(第1主題、第2主題調(転調しない))
という構成になっています。
提示部は、
第1主題で、確立された自我
第2主題で心の内側が示されます。
展開部では、
自我を確立する上で切り捨てた部分
によって生じる葛藤であり、
まさに個性化の過程です。
そして、再現部。
自己実現を成し遂げ、
外からの見た目である自我は同じですが、
心の内側はもう転調する必要がなく、
セルフの特性が受け入れられた状態です。
という風に、
個性化とソナタ形式に
相似性があるのが
分かります。
ソナタ形式は、
楽章単位の形式ですが、
曲全体でも同じような相似性が
見られます。
例えば、ブラームス交響曲第1番。
1楽章は抑圧された自我、
2、3楽章でいろいろあって個性化、
4で個性化が終わって、自己実現。
という感じです。
複数の曲で言えば、
バッハの無伴奏チェロ組曲。
1番が幼児期
2番が抑圧されながら成長
3番が自我の確立
4、5番が紆余曲折で個性化
6番が自己実現
と、6曲で人生の成長物語の様です。
こんな感じで、
クラシック音楽では、
いろんなレベルで、
個性化の過程が示されています。
クラシック音楽の構造と、
ユングの個性化に似たストーリーがみられることから、
人は、
「人間の成長物語に共感し感動する。」
ということと、
「音楽での美、共感、感動を深く求めるほど、個性化の様な人間の成長物語と同じ性質を持つようになる。」
ということが分かります。
このシリーズまた投稿します。
それでは