こんにちは、ひでちぇろです。
(2019年3月5日分記事の再掲です)
昨日は、主に演奏での「共感」の話を書きました。
今日は、
特定の相手の視線そのものをイメージすると、
その人の生きている感覚みたいな情報が入ってくる、
「共感」の続きです。
音楽以外の日常生活でも
変化がありました。
(外見の変化はなかったと思います)
道を歩いていてすれ違う人の視点に
立ってみる遊びを
よくやる様になりました。
そうすると、具体的な(左脳的な)
思考内容は全くわからないんですが、
身体を持って生きている実感みたいなものが
伝わってきます。
そして、外からは分からないけど、
みんな結構生きるのに必死なんだな~、
というのが解る様になってきました。
例えばきれいな異性の人でも、
「共感」をしているときは、
そのきれいと思っている気持ちは
消えてしまいます。
そして、誰しも自分と同じく一生懸命生きている
一人の人間なんだな、
と当たり前のことを実感させられます。
そして、「共感」するということは、
繋がっているということで、
その繋がっているベースは何かなと、
思う様になりました。
ベースは何かとを考えるうち、
生きとし生けるものはみんな、
「つながってる」んだな。
その「つながってる」一部分を表現してるのが
「自分」なんだな
という感覚に至る様になりました。
そしてその頃から、
世界が広がって、
奥深くなってきた様に感じられる様に
なりました。
また、いろいろな人生き物、物が、
愛おしく感じられる様になりました。
今までは、
狭い世界に住んでいたなと感じられる様に
なりました。
もちろん、
弱い一人の人間である、
自分が毎日生き延びていく努力は
止められないことなのですが、
「共感」をきっかけとして、
大幅に人生の幸福度がアップしたと
感じます。
続きはまた明日。
それでは。