ようこそ、ひでちぇろブログへ。
唐突ですが、
人生、苦しいときってありますよね。
年齢に関係なく。
みんなそこ乗り越えてきています。
で、その苦しさは、
一人で引き受けなければなりません。
例えば、歯が痛いっていうのは、
誰かに話しても痛みが軽減するわけではなく、
治療するまで耐えざるを得ません。
誰かに励まされて嬉しかったとしても、
痛みは同じく存在します。
肉体的につらいのも、
精神的につらいのも、
つらさに耐えるのは、
肉体と精神を持ってこの世に存在する限り、
避けられない体験なのでしょう。
肉体の痛み
死の恐怖
集団の中でで生きられなくなる恐怖
大事な異性失う、近親者と死別する恐怖
ブッダの言う、四苦八苦ですね、まさに。
そして、音楽でもこういう苦しみは表現されています。
教会音楽や、バロック音楽では、
音楽みんなのもので。音楽は「神」相手でした。
しかし、
ベートーベン以降あたりから、
明確に個人の苦しみを表現する様になります。
主人公が”I”、「私(わたくし)」になる訳ですね。
本当に一人でその苦しみを引き受け、乗り越えていく訳ですが、
その、苦しみに対峙する姿こそが音楽としては美しいのですね。
苦しさから始まり、それを乗り越える物語が美しいんですね。
自分がうつで辛かった時を考えると、
生きるか死ぬかの世界なので、
安易なことは言いづらいのですが、
生きてそこを通過できれば成功レベルの、
個人単位でしか体験できない、
苦しみを通した「成長」こそが、
実は普遍的な音楽の「美」なのかもしれません。
そして、みんな、
この普遍的な「美」を体験する為にこそ、
この世に生を受けたのかもしれませんね。
それでは。