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丸山真男の音楽観の続きです。

 

丸山真男は、

「バッハは神のため、モーツァルトは現世の人のため、ベートーベンは人類に向

けて人類の目標、理想を表現した。」という主旨のことを言っています。

また、「シューベルト、シューマン以降、あとは個人的で矮小化していく」と言っています。

 

前半はいいと思います。

まさにその通りでしょう。

 

しかし、後半の「矮小化」の部分は、

現代の感覚から相当かけ離れています。

 

いや、それは違うよ、って話です。

 

確かにベートーベンが、

理想を神から人類の手元まで取り戻した、

っていうのは本当にすごいことです。

 

だけれど、

実際の人類はまだそれだけでは救われないんです。

理想と現実が違い過ぎて。

 

だから、

神から人類を分離したあと、

さらに個人への分離が必要となります。

 

そして、個人を掘り下げて、

死の恐怖とか、

性への囚われとかをさらに掘り下げて、

交響曲9番あたりで何か見えてきたのがマーラー。

 

春の祭典などで、

人間の太古的な本能までえぐり出したストラビンスキー。

 

これまで語られなかった別世界の愛を語った、

メシアンのトゥーランガリラ交響曲

 

等々。。。

 

人類の理想が最高って、

このころ方々は、

音楽に関してはなんて楽天的だったんだろうかって思いました。

 

 

丸山真男先生も、

当時としては誰も語りえなかったことを語っているのでしょう。

 

しかし、人間にとっての音楽っていう器は、

ベートーベン止まりではないと思います。

 

そして、クラシック音楽の人々の捉え方も日々進化しているのだと思います。

 

 

それでは。

 

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