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オランダ人であるアンナー・ビルスマさんは
バロックチェロの第一人者です。
高みに登ったチェリストという意味では、
カザルス、ロストロポーヴィチ、ヨーヨーマという様な存在と
同等レベルでしょう。
現在は、演奏活動が体調的に継続困難となったので、
演奏活動は止めて、
オランダの自宅で暮らしてらっしゃいます。
私が始めてビルスマさんを素晴らしいと思ったのは、
大学の後輩にCDを貸してもらって、
バッハの無伴奏チェロ組曲の1回目の録音(1979年)を聴いた時でした。
バロックのピリオド奏法の音楽が斬新で、
しかも的を得ていて、
これだ!という感じで何度も聴き込んだのを覚えています。
かれこれ20年ちょっと前の話です。
CDで感銘を受けた少し後に、
来日されたので、
迷わずコンサートに行ってみました。
その演奏会では想像以上に素晴らしい体験ができました。
場所は、
東京の武蔵野市民文化会館の小ホールというところで、
小さめな300~400人くらいのホールであったと思います。
そのときの演目が
バッハの無伴奏チェロ組曲1、3、5番(6番まで有り)で、
始めにバッハの無伴奏組曲1番が演奏されました。
そして、
一番最初の、1番プレリュードを弾き終わった後、
一瞬、「フワーッ」とホール全体が
じんわり温かいもので包み込まれる様な、
感覚がしました。
高揚するのではなく、
一緒にじんわり温かみを感じている様でした。
これは、いったいなんだろう??
と未体験の感触でした。
そしてこれが、
ビルスマさんの独自の音楽の片鱗
を生で初めて体験できた貴重な瞬間でした。
ビルスマさんの音楽の一番の特徴は、
「一対一の対話」の様に「語りかける」、
ということです。
ホール全体に向かって
演奏はしていますが、
あたかも一人に向かって
演奏されている様に感じられるんです。
普通、
百人、千人、に向かって演奏するなら、
その分派手で、声高で、大げさな感じになりがちですよね。
ポピュラーなロックやジャズの世界的アーティストなんかだと、
1万人超えの観客に対してだと、
映像も音も増幅して、
少しでも大きく見せようとしますよね。
ものすごいエネルギーを使うんでしょうし、
音楽のキャラクターもそんな感じになります。
演劇でいえば観客がたくさんいると、
ド派手な舞台衣装とメイクになりますよね。
ナチュラルメイクなんかでは遠くからは分かりませんから。
しかし、ビルスマさんは、
少なくとも数百人の前で、
一対一で語ることが出来るんです。
CDでも一対一で語っています。
「語る」ということに加えて、
もう一つのビルスマさんの特徴が、
「深い音」だということです。
とくにそれが一番現れているのが、
バッハ作曲、無伴奏チェロ組曲のCDの
2回目の録音(1992年)です。
このとき、チェロは少し特殊なものを使っていて、
古楽器と代楽器の中間の様な構造を持つらしい、
ストラディバリ製作のセルヴェという楽器を使っています。
サイズが少し大きくて低音がよく響きます。
で、CDでの音なんですが、
一体どこからこの音は来ているか?
この世のものか?
と思う様な、
ありえないくらい「深い音」がします。
口で説明するのは困難ですし、
ユーチューブだけでは味わいきれないと思います。
これも、ビルスマさんならではの、
特徴ですね。
自分だけだと表現に限界があるので、
ルドルフ・シュタイナーの言葉を引用してみます。
「人間は死の扉を通っていきます。
子音はまもなく捨てられます。しかし、母音、
とくに母音の抑揚は、より高められた度合いで体験されます。・・・
・・・この音楽要素のなかに、霊的世界から魂が吹き込まれ、
開示していきます。」
(イザラ書房 ルドルフ・シュタイナー(西川隆範 訳)
「音楽の本質と人間の音体験」P.114より抜粋)
シュタイナーさんは、こんな言葉で、
この世の経験を超えた、
彼岸の音について語っています。
子音が抜けて、母音に魂が吹き込まれた音。
こういう言葉を引用してしまう様な、
ビルスマさんの音深さの次元が、
少しは伝わるでしょうか。。。
ビルスマさんは、
他の音楽家と物事の捉え方が根本的に異なるのだと思います。
彼の目からみると、
「強い陶酔感」を伴う
ロマンチックなアプローチが通常になったクラシック音楽は、
本質から外れているのかもしれません。
そして、
音楽の本質はこういうところにあるんだよ
とチェロを使って
「一対一」で「語って」くれるているのでしょう。
音楽だけでなく、
人生において、
言葉では表現できないけれども大切なことを、
チェロの音を通じて
自らの存在を懸けて教えてくれている様にも感じます。
普段こういうものを勧めたりしませんが、
アンナー・ビルスマ演奏、
1992年録音の、
バッハ作曲無伴奏チェロ組曲全集、
これは一度は聴いて損はないと思います。
それでは。
