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今日は、音楽はどこからくるのか?
というテーマについて考えます。
私は小さいころから、
話下手なことにコンプレックスがあり、
話し言葉はどこからくるのか?
がいつも不思議でした。
滑らかに上手に話す人たちは、
一体どうやっているのか、
どうやったらそうなれるのか、
知りたかったのです。
自分の頭の中を考えてみても、
なんかもやもやした思考みたいなところから、
いきなりパッと言葉がでてきます。
このメカニズムはどうなっているのか、
不思議でした。
話し方の本なんかを読んでも、
人の立場に立つとか、
こんなテーマがいいとか、
態度や話題に関するものが多く、
どうやって言葉が出てくるのかについて、
触れられているものはありませんでした。
音楽もこれに似ていると思います。
自分は作曲の経験はありませんが、
言葉と同じだと思います。
作曲する時に、
一体どこかから、
メロディやハーモニーやリズムの集合体である
音楽が出てくるんでしょうか?
演奏で考えても、
例えばあるメロディをどう歌うか、
どういうストーリー性を持たせるか、
等の創造的な部分は、
言葉と同じで、
どこかからやって来ています。
自分の心の中で生まれている様で、
自分が創りだしたものではない感じです。
言葉や音楽が来る感じを
ネットの世界で例えると、
添付ファイル付きのメールが来て、
その中に言葉とか表現につながるような画像データが入っています。
そういうメールを受信します(右脳で)。
その画像データは
色々役に立ちそうだけれど、
理路整然としていません。
そこで受け取った人間が、
他の人に分かる様に、
言葉とか、音楽とかに
翻訳します(ここが左脳)。
という様な作業を
頭の中で瞬時にやっているのかなと
思います。
創造的な情報は右脳が受け取って、
左脳が加工している。
これは、良く言われていることだと思います。
しかし、
添付ファイルの中身の情報は、
どこで作られているのでしょうか。
意識より広大な個人的無意識、集合的無意識の領域か、
一つの宇宙である神の領域でしょうか。
やはり、そういうものを想定せざるを得ないと思います。
別の例えですが、
いつも喉かわいているのが意識。
かわいそうなので、
言われなくても水を汲みにいくのが個人的無意識。
神様(宇宙)の泉は家のすぐ近くにあります。
神様はいつもきれいな水で泉を満たしてくれています。
涸れることはありません。
無意識は、しょっちょう水を汲んで持ってきてくれますが、
意識は不注意でたまにしかしか気づけません。
水は、少しの間だけしか飲めず、
ちょっと目を離すとすぐ蒸発してしまいます。
水は、来た時にすぐ気づいた時だけ飲めます。
まずは水が来たことに気づくことが大事なのです。
そして、現実界の努力としては、
コップは自分で作らなければなりません。
最初は小さいコップしか作れないけれど、
鍛錬を積むと、
だんだん大きいコップ(器)が作れます。
一生を通じてコップの器を大きくしていくのが、
音楽の修行で、
神様の泉から水が来たら、
感謝していただき、
そのおいしさを周りのみんなに伝えていく。
というイメージなど、いかがでしょうか。
言葉も音楽も、
自分より上の方から来た情報を
翻訳していく作業だっていうイメージがあると、
創造するのに役に立つと思います。
皆さんなら、
どんなイメージを持たれるでしょうか?
それでは。
